全ての巨人の道が交わる座標にて、グリシャの記憶をめぐる旅を終えたエレンとジーク。
思ってもいなかった父の葛藤と愛情、そして「進撃の巨人」が持つ時間を超越した干渉能力を知ったジークは動揺するも、意を決して始祖ユミルへ「エルディア人の安楽死」の発動を命令。
それを受け光の柱へと向き直るユミルに、エレンは自分の手を引きちぎって拘束を逃れ追いすがる。
エレンの制止は間に合うのか──?
進撃の巨人 第122話 二千年前の君から
別冊少年マガジン 2019年11月号(10月9日発売)掲載
始祖ユミルの誕生
唐突に始まった始祖ユミルの過去編。本作にはこの展開がけっこう多いですね。
今からおよそ二千年前、地方のいち豪族に過ぎなかったエルディア族の頭領・フリッツが抱える奴隷たちの中に、一人の少女がいました。彼女の名はユミル。
ある事件で仲間の奴隷たちから排斥され、処刑と娯楽を兼ねたマンハントの生贄とされた彼女は、矢を受け犬に追い立てられながら森を彷徨います。
力尽きかけた彼女が偶然たどりついた1本の巨木。バオバブのような姿のその樹の根本には大きな裂け目があり、彼女は誘われるようにしてその中へ足を踏み入れ…。
樹の内部は下に向かって空洞となっており、そこに水が溜まっていました。息も絶え絶えのユミルは穴の縁から転落、水中にドボン。体力はとうに果て、口から空気が溢れ、このまま落命するのかと思われたその時。水中にユラリと不気味な影が姿を見せます。
影の主はCGで再現されたハルキゲニアそのもの。
この生物(?)は水中でユミルへ触手を伸ばし、うっすら光を放ちます。そして──。
立ち上る爆煙とともに巨木が倒壊し、ユミルを追跡していた処刑人たちが目撃したのは、ゆっくりと腰を上げる巨人の姿でした。
*****
その後、歳月が過ぎたある日。ユミルは再びフリッツの御前へと引き立てられます。
どうもこの間、ユミルはフリッツの奴隷として巨人の力を行使し、主に土木工事を担当していたようですね。
巨人の力をもってすればフリッツ程度の私的な軍事力は取るに足らないのですが、恐らく生来の奴隷であり年端も行かないユミルには知恵や発想が足りず、フリッツから与えられること以外に糧を得る方法を思いつかなかったのかもしれません。
現代を生きる我々からすれば「武力で反乱を起こして逃げて自分たちで村でも国でも作ればいいのに」と思うのは当然ですが、教育を受けられず知識を得る方法がない生活では、そもそも今までと違う発想をすることが難しいのです。とはいえ暴力に対して暴力で抵抗するという本能的な振る舞いは可能だと思われますので、追手は逆襲にあって死んだかもしれません。その後ユミルの手綱を引いて労働力として利用できたフリッツは、かなり人心掌握に長けていたのかも、と思わせられますね。
ユミルの功績でエルディア族はずいぶんと豊かになったようです。以前は民家の軒先程度だった集会所は謁見の間となり、玉座や垂れ幕が備えられ、脇を固める側近も山賊集団から規律をもった兵士へと姿を変えました。フリッツは豪奢なマントにピカピカの兜、指輪や腕輪といった宝飾品をジャラジャラ身につけ、これでもかと権威を見せつけています。
開墾やインフラの建築整備をその身一つでこなした褒美として、フリッツはユミルを自分の妾とし、子を産むことを許しました。彼も歴史の重要人物だけあって豪胆ですよね。ちょっと機嫌を損ねたら瞬時に握りつぶされる相手と子作りなんて、僕ならおちんちんが萎縮して行為どころではなさそうですがw 英雄は色を好むと言いますが、その通りかもしれません。
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ユミルの死と巨人の継承
十分に国が肥えたこともあり、フリッツは巨人の力を背景にマーレへ攻め込みます。作中ではすっかりロートルと化した巨人の戦力ですが、火薬も飛行船もない時代には脅威そのもの。1体で戦局を変える力をゆうに擁し、快進撃を続けます。
戦うごとにエルディアはますます栄え、気がつけばフリッツも老い、ユミルの傍らにはすくすく成長した3人の少女がいました。やがてユミルが生を終えた時、フリッツは3人の娘たちにユミルの肉を食わせ、その力を継承させます。その3姉妹の名はマリア、ローゼ、シーナ…。死体を肉切り包丁でズドンとブツ切りにして、そのままボリボリ食わせてます。絵面がショッキング! せめて綺麗に調理して欲しい…と思ったけど、本体は脊髄液なわけだから綺麗にした肉では意味がない。
この頃はまだ巨人の力について解明されておらず、継承できるかどうかも全くもって不明のはず。信仰的な考えから「食う=取り込む」と考えたのだと思われますが、その方法が当たっていたのだからやはりフリッツは非凡ですね。
結果的には継承に成功したものの、具体的にどのように力が引き継がれたのかは描写されていません。ユミルから3人の娘へ平等に巨人化能力が継承されたのか? それぞれに特定の能力だけが引き継がれたのか? どのように9柱へ分化していったのか? 現代では継承にあたり「無垢の巨人」に食わせる必要があるけれど、この娘たちはまだ巨人化してなくない?
この辺りの経緯は今回は分かりませんでした。1人の巨人の脊髄液を、非巨人が3人で飲んで3人とも巨人になれるなら、戦略の幅は大いに広がりますよね。マーレもそんなことはとっくに実験済みだとは思うので、少なくとも現代ではもう無理なんでしょうけど。
ごく普通に考えるなら脊髄液にあの生物の卵なり幼体なりが含まれていて、経口感染して宿主の脊髄にとりつき癒着する…みたいな感じが妥当ですが、それだけでは「無垢の巨人」が人間に戻る理由とかがよく分からないんですよね。まあ、あんまネチネチ追及するのは野暮ってことで。
ちなみに回想の絵を見ると「車力」だけ今の姿と結構違っています。昔は馬の頭部だったみたいです。
ちょっとわからないのが、フリッツを狙った暗殺者の槍をユミルがかばい、胸を貫かれた彼女がそのまま昏倒して死んだように見えることですね。槍が脊髄を貫いたのか?
二千年後の出会い
死した後、始祖ユミルは少女の姿に戻り、座標の砂漠でずっとフリッツの言葉に支配され続けています。
フリッツの言葉に超常的な力があったというより、ユミル自身がその言葉に囚われて自らに枷を課している、プリゾニゼーションに近い状態と考えたほうがよいでしょう。ブラック企業で過剰労働を強いられているうちに正常な判断ができなくなり、はたから見ると「なんで辞めないの?」と感じる状況でも自己犠牲で耐えようとしてしまう。あるいは長期に渡る監禁の被害者は過剰な適応の結果、行動を自由にしても逃げない。こうした抑圧による洗脳状態ではと考えられます。
座標において、フリッツの声はエルディアの礎である巨人よ永久に君臨し続けるべしと唱えています。ユミルは奴隷としてその言いつけを守り、砂漠で水を汲み、巨人の身体をこね、一人で二千年もそれを繰り返してきました。
そして今フリッツの直系であるジークに「安楽死」を命令され、考えることなくそれに従おうとするユミルを、エレンは後ろから抱きしめ語りかけます。
お前は奴隷じゃない、自分で選べと。
自分の行動を、自分で考えて自分で決める。本来の意味での自己責任ですが、当たり前のようでいて何と難しいことでしょう。僕がこの作品を好きな理由は、この首尾一貫したテーマが繰り返し強調されている点にあります。
僕も以前はブラック企業で違法な過重労働をさせられていました。馬鹿で無知だったのでそれが違法とも知らず、我慢するのが当たり前だと思って、学ぶことや抗うことを放棄していたんですよね。逃げたりするのはカッコ悪い、なんて考えてました。例にもれず残業自慢や徹夜自慢に花を咲かせる毎日でしたが、そのうち体を壊し、ついでにうつ病になって休職。1ヶ月休んだらクビ。もちろん出るとこ出れば勝てるケースなんですけど、心身を病んでそんな元気もなかったんですよね。で泣き寝入り。
今はもうちょっと人間らしい生活ができてますけど、奴隷じみた労働環境の話題を見るたびに、抗うことすら忘れた自分の精神状態を思い出します。
きっと、誰かに決めてもらうのが楽だったんでしょうね。自分は言われたことをしているだけなら責任も取らなくていいですし。タクティクスオウガの名言中の名言、暗黒騎士ランスロットの弱者論そのままです。そんな経験から多少なりとも己を俯瞰して見られるようになったゆえに、自分で考えて自分で決めろ、戦わなければ勝てない…という本作のメッセージは否応なく僕の琴線にどうしようもなく触れまくるのです。
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話を戻しましょう。
自分で決めていいんだ、こんな世の中を終わらせるためにオレに力を貸せ。
エレンにそう言われたことでユミルは明らかにフリッツの呪縛の影響を脱していきます。後方から必死こいて駆け寄り、俺は王家だぞ!従え!と叫ぶジークの声はもう届きません。完全にピエロでちょっと同情します。王家の血に従うというのもユミルの内面的なマイルールであって、なんらかの強制力があったわけではないんですね。フリッツの子孫は代々ユミルのお情けで力を授けられていたようなものですか。
二千年前からずっと誰かを待ってたんだろ、とエレンに問われ、ユミルの目に光が灯りました。これまで座標の場面や回想内を通してずっと暗い穴だけが描かれていた彼女の眼窩に、はっきりと瞳が表れ、憤怒の表情で歯を食いしばり、涙を流します。自分の命だけでなく、子供たちの生き方まで踏みにじられたことへの怒りでしょうか。
その瞬間、場面は座標から現実へ戻ります。首が切断されたエレンの胴体を裂いて脊椎(…のように見えるあの生物)が飛び出し、ニュルンと伸びてエレンの頭部へドッキング!!巨人体の再生を始めます。
同時にシガンシナ区を囲う壁が一斉にヒビ割れ、轟音を立てて崩れます。名実ともにパラディ島の有り様を根底から覆す大変革の時を迎えました。この巨人たちをエレンが手中にしているならば、もはやマーレ軍も降伏する他ないでしょう。
エレンは始祖掌握の事実を示して停戦を呼びかけるはずですが、その後何を語るのかは未知数です。自身を含めて「巨人を一匹残らず駆逐する」のが彼のゴールではあるとは思われますけど、フリッツの呪縛や不戦の契りに左右されないフルスペックの始祖ユミルがどれほどのトンデモ能力を持っているか分からないので、これはもう考えるだけ無駄ですね。
ユミルの力で過去にさかのぼり、全ての巨人の存在を最初からなかったことにする過去改変、なんてのができるかもしれない。「全ての巨人を生まれる前に消し去りたい、過去と未来の全ての巨人を、この手で…!」光に包まれるエレン、そして彼は人を捨てて神になる…。あ、これは別の作品の話でした。
至近距離でエレンの巨人化に巻き込まれそうなガビと、それをかばおうと手を伸ばす「鎧」ライナー。存在を忘れられたファルコ。この戦いはどう決着するのか!?
つづく。
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そろそろ連載初期から燻っていた謎や伏線が概ね回収されてきましたね。今話のタイトルである「二千年前の君から」は、第1話「二千年後の君へ」に呼応しています。この数字が何を意味するのかについては、かねて議論の的になっていました。マブラブオルタネイティブに影響を受けているという諫山先生の発言もあり、ループもののSFではないか?といった憶測があったわけですが、前号と今号の種明かしでほぼ決着をみました。
「二千年前の君」は始祖ユミルのこと。「呪縛によって自由を奪われた少女が二千年解放を待ち続けた」という話でした。
せいぜい100年しか生きられない我々の身では推し量ることも困難ですが、二千年の間にユミルの心は摩耗し、鈍化し、何も感じなくなっていったのでしょう。フリッツに命じられた通り、淡々と決められたプロセスを繰り返すだけの歳月。それを見たジークは彼女を「巨人の力が具現化した自我を持たない存在」だと誤解してしまったわけです。ユミルのルーチンの対象でない(王家の人間でない)エレンだからこそ、彼女にイレギュラーな働きかけができたと言えるのかもしれません。
残されている謎として、第1話では「いってらっしゃい」と送り出す、髪を切った後のミカサらしき人物が登場しますが、エレンはこの時点では巨人化しておらず未来視はまだできない点があります。エレンが生まれた時点でグリシャは巨人なわけですから、遺伝的に能力の一部が継承されていて未来の夢を見ることができた…といったこじつけなら通るでしょうか?
巨人化能力のそもそもの由来は、あのハルキゲニア似の何かだと判明しました。宿主に寄生して巨人化能力を授けることで生存を図る生物なのかな?
一個体しかいないとは限らないわけで、実は他の個体も地底でウジャウジャ生き残っていたりして。それだと宿主がいないから駄目か…。まあ巨人1体につき1匹が寄生しているとするなら、現状でもそれなりの数が生き残っていることになりますよね。寿命の縛りがこの生物の習性にあるのか、ユミルの意志によるのか、この辺りはまだ分からないままです。