イェーガー派によるザックレー殺害を契機に、にわかにキナ臭さを増すパラディ島。
明るみに出る策謀、これまでの構図を逆転させる情報、幼馴染との再会。
物語は再び大きく動き始める・・・。
進撃の巨人 第112話 無知
別冊少年マガジン2019年1月号(12月7日発売)掲載
ジークの脊髄液入りワイン
前回はカッとなってファルコの頭部をワインボトルで殴打、ガビを殺すと息巻いていたマーレ人捕虜兼料理番のニコロですが、我を取り戻して憑き物が落ちたように、知っていることをゲロしはじめました。
ニコロには確かな情報こそ与えられてはいなかったものの、短期調査船に大量のワインが積まれていて不自然に感じたこと、イェレナから兵政権の高官にこのワインを勧めるよう指示されていたこと、これまでジークの脊髄液が戦術兵器として使われてきたことなどから、オススメワインの正体はジークの脊髄液入りスペシャルドリンクとしか考えられないと言うのです。なお、当ブログではこのワインを「ジーク汁」と呼ぶことにします。この方が美味しそうでしょ?
これが事実ならイェレナは最初からパラディ島に害意を持って訪れたことになりますが、ワインのくだりはオニャンコポンですら初耳だと言い、マーレではマガトをはじめ戦士隊の面々がジークを裏切り者扱いしていたことから、これはマーレによる正規の軍事工作ではなく、ジークやイェレナの個人的な行動である可能性が高い。実はマーレ内部でも秘密の特命であるという線は・・・ジークを心酔させ命令できるようなカリスマがいないので無理筋でしょう。
兵政権の幹部は酒浸りですから下戸でもなければほぼジーク汁に汚染されていると思われ、彼らが一瞬で巨人化させられるにせよ、巨人にされたくなきゃ言うこと聞けやオラオラと脅されるにせよ、その影響は深刻です。
前者(巨人化テロ)ならエルディア国の中枢にいきなり巨人の群れが出現することになり、同時に兵団の指揮系統が機能停止して対処も遅れるでしょう。すでにパラディ島の「無垢の巨人」は全滅していますから立体機動装置ですぐに対巨人戦闘ができる戦力は非常に限定的と考えられ、街1つ以上は確実に壊滅するはず。
後者(脅迫)の場合は人命や市街への損害は出ない代わりに政府高官は全て人質となり、パラディ島に誕生したエルディア国が事実上ジークに掌握されることになります。
ジークの本当の目的はまだ分かりませんが、この状態でパラディを攻め滅ぼしても彼にメリットはなく、 エルディア国の秩序を維持したまま傀儡国家として利用したほうが便利なのではないでしょうか。
しかしジークやイェレナが単に「地鳴らし」とエルディア軍を使ってマーレに意趣返しを行い、神聖エルディア帝国を復権させたいだけなら、わざわざ兵政権と敵対する必要はありませんし、エレンも賛同しないでしょう。普通に協力してマーレと戦争すればいいだけです。この辺りの不整合から察するに、ジーク達にはまだ伏せられたままの意図があると考えられます。
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イェーガー派がレストランを急襲
ニコロがひと騒動起こした後、隣室へ連れて行かれたガビ。すっかり観念し、この場で処刑されることを覚悟しています。無論、アルミンもミカサもそんなことはしませんが。
重い雰囲気の部屋に、前触れなくドアを開けて入ってきた黒い服の男。
彼の名はエレン=イェーガー。テロの首謀者として緊急手配されている幼馴染がいきなり現れて、困惑のあまり固まるアルミンとミカサ。同時にレストランの客室は武装したイェーガー派の部隊によって占拠されており、その陣頭指揮を執るのはフロックです。彼がここまで存在感のある役になるとは、第一部の終盤では想像もしませんでしたね・・・。
前回、ピクシスはイェーガー派との和解路線を決断し、ジークとエレンの地鳴らし実験を行いエルディア国の武力として活用する方針をぶち上げたわけですが、エレンはこの餌に食いつきませんでした。
エレンが、「食わせ者のピクシスが内通者の存在を想定して口先だけで和解のフリをしている」と考えるのは別に不思議なことではありません。イェーガー派に従いエレンをジークの元へ案内するという通達を聞いたリヴァイも「ピクシスが?」と即座に疑義を呈していました。あのオヤジがそんな素直に従うワケねーだろ、と。
実際その直感は正しく、ピクシスの腹はあくまでエレンの殺害(巨人の奪取)であり、ザックレーと同じ考えです。エルディア国の命運を委ねるには、エレンとジークには不確定要素が多すぎます。
ピクシスの罠に乗らず独自ルートでジークの居場所を探るため、エレンたちはレストランを襲ってハンジらを拘束しました。ハンジたちの居場所はイェレナの息がかかったマーレ人捕虜(名はグリーズ)からイェーガー派に漏れており、おそらくアポなしでハンジらがレストランに訪れた直後、グリーズがフロックらに通報したものと思われます。
銃を向けられたハンジはフロックにジーク汁を用いた陰謀の存在を明かし、エルディア人同士で仲違いしている場合じゃないと説きます・・・が、フロックは既にジーク汁の存在を知っていました。ニヤリと笑うフロックは完全に悪役の顔。イェーガー派・ジーク・イェレナは前々から結託してジーク汁を政権内部にばら撒いていたというわけで、イェレナの工作員としての能力はSS級ですね。
幼馴染の再会
レストランの隣室では、エレン・アルミン・ミカサ・ガビが丸テーブルに座っていました。
エレンは右掌から血を流しており、いつでも巨人化できる体勢。エレンとアルミンが今本気で戦ったら勝敗がどうなるかは分かりませんが、市街地ですから大きな犠牲が出ることでしょう。そうさせないための抑止です。直情型の死にたがり野郎だったエレンもいつの間にか知恵が回るようになりましたよね。憂いを帯びて遠くを見るような佇まいがジャンプ系漫画の敵勢力のボスみたいになってますもん。
エレンはハンジらの身の安全を保証し、静かに話がしたいだけだと切り出します。
アルミンはエレンがジークらに協力する理由を問いますが、エレンはそれについて「自由意思で選択した」とだけ答えました。脅迫や強制、マインドコントロールではないという意味です。
ミカサは納得できず異を唱えますがエレンは冷たく強い口調でそれを制し、レベリオでジークと接触してマーレが知っていること以上の知識を学んだからだと加えました。内容は分かりませんが、歪んだ歴史、始祖ユミルと九つの巨人にまつわる真実・・・などでしょうか。エレンの価値観を変えてしまうような何か。あの頃ジークが裏でエレンとイチャコラしてた・・・!?と知らされたガビの悲壮な表情が印象的ですね。
アルミンやミカサは「今のエレンはエレンらしくない。本当は敵に何かされて操られているのでは?」という希望にすがっているわけですが、エレンはそれをキッパリ否定し、操られているのはむしろアルミンやミカサの方だと論を進めます。
アルミンに対しては、彼がアニのところへ通っているのはベルトルトの意識に影響されているからだと。
人格形成に記憶が大きな影響を果たすなら、ベルトルトの記憶を継承した時点でアルミンの人格の一部にベルトルトが加わったと言えます。それ以降、アルミンはマーレへ肩入れするようになり、無難な話し合いを主張する弱気な姿が目立つようになったらしい。エレンが言うには、アニに恋心を抱くベルトルトの人格が、エルディア軍参謀・アルミンの判断に影響を及ぼしている状況こそ「敵に操られている」ことに他ならない、というわけです。アルミンぐうの音も出ず、撃沈!
これは筋が通っていて感心しました。およそエレンらしからぬ、論理的で現実的な解釈。これもジークの入れ知恵でしょうか。アルミンはベルトルトを食う前からほんのわずかにアニを意識していたような気もしますがw
なおこの話には穴があって、エレンもまた巨人の記憶を継承しているという点がそれです。純粋なエレンの人格はすでになく、過去の巨人継承者の記憶に影響されるという意味ではアルミンと同様。異議あり!!エレンがオレは自由だ、と言い張るのは明らかにムジュンしています!
絶句するアルミンをフォローするためにミカサが割って入りますが、エレンの舌鋒は次にミカサに向けられました。
エレンはアッカーマンの秘密についても詳細に学んでおり、ミカサの強さの秘密を本人に明かします。これはとても注目度の高い情報です。
■アッカーマン一族の真実 ・エルディア帝国が生み出した、人の姿のままで巨人の力を引き出せる人間兵器 |
ミカサはアッカーマンと東洋人(ヒィズル)とのハイブリッドですが、アッカーマンは優性形質なのか上記の特徴が全て合致しています。リヴァイやケニーにはいくつか疑問符がつきますが、個人によって発現の度合いは変わるのかもしれません。
エレンの仮説はこうです。ミカサは誘拐事件の最中、エレンが「戦え」と命じたことがきっかけで彼を護衛対象と認識し、覚醒した。以降、身体能力は劇的に向上し、エレンに執着するようになる。エレンを守るのはミカサの自由意思ではなくアッカーマンというシステムによる刷り込みで、ミカサ自身の思考をアッカーマンのプロトコルが改変する時に頭痛が発生する。
つまりミカサ本人の意思とは無関係に、エレンに危害が及ぶとなるとアッカーマンシステムによって思考が上書きされ、盲目的にエレンを傍で守るよう行動していたというわけです。この事実を知り、エレンは本当のミカサは9歳当時の誘拐事件で消失し、残ったのはミカサ・アッカーマンという「本能の奴隷」だと考えました。
そして彼がもっとも憎む存在は、主体的に生きることができない壁の中の家畜。自分で何も考えず、ただ本能が命ずるままにアッカーマンシステムの部品としてエレン、エレンと執着しつづけたミカサに向け、当のエレンは「見ただけでムカムカしてしょうがなかった」「ガキの頃からずっと嫌いだった」と斬って捨てます。
あまりにデリカシーのない言葉のナイフでグッサリやられて落涙するミカサ。こんなん言われたら誰でも泣くわ・・・。それを見て激昂したアルミンがエレンへ掴みかかろうとしますが、反射的にミカサがアルミンの腕を極めてねじ伏せました。ミカサ本人も何が起こったか分からないといった表情。意思とは無関係に、本能でエレンを護衛する装置・・・。改めてそれが証されてしまったわけです。
ミカサを振りほどいたアルミンが今度こそエレンへ殴りかかるも、エレンは鼻血を垂らしながらズカズカとアルミンへ歩み寄り、顔や腹を容赦なくボッコボコにします。エレンは、自分がアルミンと喧嘩しなかったのは、弱すぎて相手にならないからだと、床に崩折れたアルミンに吐き捨てました。幼馴染の関係が決定的に崩壊した瞬間です。
こうしたエレンの露悪的な言動を真に受ける読者は少ないとは思いますが・・・一応触れておくと、無論これら全てがエレンの本心ではないでしょう。彼は憎まれ役を演じることで幼馴染たちを心理的に遠ざけ、これから起こる事態から守ろうとしているはずなのです。 おそらく、エレンはその過程で生命を失うことを覚悟しているのでしょう。
過保護なミカサが鬱陶しく気恥ずかしいと思うこともあったでしょう。貧弱なアルミンを内心そしる瞬間もあったでしょう。 人間同士ならどんなに仲良くても・・・いやむしろ親しいほどに、相手に気に入らない部分はあります。だからエレンの言葉が全て嘘ではないかもしれない。
けれど、12巻で巨人ダイナに生身で立ち向かったエレンのセリフ、あれがずっと嫌いだった相手に向けられるべきものだと、読者の皆さんは思いますか?
これからもずっと、オレが何度でも────。
僕には、どうしてもそうは思えないのです。
リヴァイとジーク
エレンを他の巨人に食わせる・・・。リヴァイはこれまでの壮絶な戦いを振り返り、思いを馳せます。エレンが壁内人類の希望と信じて心臓を捧げた戦友たちに報いるため、エレンをこのまま死なせてはならない。それ以上に、まず死ぬべきは多くの調査兵やパラディ島民を殺した「獣の巨人」・・・ジークの方ではないのか?
リヴァイがジークへ抱く感情は暗く澱んだ汚泥です。自分の手で倒すと友に誓った仇敵と馴れ合う現状は、さぞ慚愧に堪えがたいはず。
20巻より。エルヴィンの未練を断ち切ると同時に死へ追いやった「誓い」。リヴァイにとって、死んだ彼らの亡霊はまだ許してくれていないのでしょう。
リヴァイはピクシスに会い、エレンでなくジークの巨人を継承させるべきだと主張するつもりです。ジークの描いた絵図がどんなものであれ、ジーク本人が死亡すれば全て水泡。リヴァイはジーク汁の存在を知りませんが、ワインを使った工作も意味がなくなると思われるので、この考えは実は的を射ている。
彼はここに来て腹を括り、ピクシスへの直訴が不発に終わり命令違反となった場合でも、ジークを斬って殺害せしめることを心に決めます。そうなれば否応なしに誰かが「獣の巨人」を継承せざるを得なくなりますからね。
リヴァイはあまり精神的に疲れた様子は見せていませんが、ジークとの因縁に終止符を打たなければ、戦友たちの「亡霊」からいつまでも解放されないのは間違いありません。リヴァイ自身が自分を赦すための条件と言い換えてもいいでしょう。処刑されようが投獄されようが、このミッションだけは自分が果たすとようやく決めたわけです。
いずれにせよジークが何事かを企んでいるのは間違いなく、危険である。それなら四肢をもいでおくに越したことはない。そう考えて「標的」の下へ向かったリヴァイが目を離したすきに、当の標的は背を向けて全力疾走。 そしてジークが雄叫びを上げるやいなや、周辺の巨大樹の枝で待機していた兵士たちが軒並み「無垢の巨人」へと変貌します。リヴァイ痛恨の失態! なぜ殺意を持って近づいておきながらジークに隙を見せたのか。ヒロイックな感傷に浸って周囲が見えていなかったのでしょうか。ジークに「ワインは残ってないのか?」と聞かれて律儀に返したりしてますし・・・。この「ワイン」は当然ジーク汁です。
ジークは樹上の会話が聞こえていたのか、それとも洞察力を発揮したのか、あるいは情報を耳打ちする内通者がいるのか、事態の進展を概ね把握しているに違いありません。エレンたちが行動を起こして政権への敵対が露見したなら、兵団はすぐにエレンとジークの巨人を押さえにかかることくらいは想定済みでしょう。
頭上から降り注ぐ巨人肉弾。リヴァイはアッカーマン属性のおかげで巨人化しませんが、他に変態していない仲間がいるかは不明(というかこの状況で変態していない場合、そいつはジーク汁の存在を知っている内通者では?)。
次回おそらくジークはドサクサでここを逃げ果せ、イェーガー派が向かったシガンシナで合流するでしょう。ジークとエレンが共に描き、イェレナが信奉する新世界の姿がそこで明らかになるのでしょうか?
つづく