一度は捕虜となるも、持ち前の演技力と機転で脱獄に成功したガビとファルコ。
あてもなく彷徨った二人がたどり着いたのは、奇しくもガビがその手で殺めたサシャの、父親が営む牧場だった。
「パラディの悪魔」たちがよってたかって自分を騙し取り入ろうとしている。そんな妄執に囚われ取り付く島もないガビと、彼女を庇いながら器用に振る舞うファルコ。
この逃避行が、ガビの目の曇りを晴らす契機となるのか…。
進撃の巨人 第109話 導く者
別冊少年マガジン 2018年10月号(9月7日発売)掲載
ブラウス厩舎にて
大方の読者が予想した通り、脱獄したガビとファルコに声をかけたのは、かつてサシャに救出された村の生き残りの子でした。名はカヤ。
おとなしく控えめな佇まいではあるものの、眼の前で生きながら母親を巨人に食われる苛烈な体験をした割には特に心を病んでいるというわけではなく、表情に少し影を落としながらもそれなりに健やかに育ったようです。
育ての親となったのはサシャの父親、ブラウス氏。公式キャラクター名鑑によると身長181cm、体重75kg。誕生日は11月9日と明らかになっていますが…名前はまだないw
現女王の方針で孤児への支援は厚いらしく、みなし子を集めて施設で強制労働させておけば補助金でガッポガッポのウッハウッハ…かと思いきや普通に善良な経営をしているようです。建物は広くて清潔、ブラウス氏をはじめ大人も子供も揃って大きな食卓を囲み、カゴに山盛りのパンとスープ、コップが見え困窮している様子は窺えません。確認できるのは男子が2人(メガネ&坊主)、女子が2人(ポニテ&カヤ)。後は「リサ」と呼ばれる黒髪の中年女性、この人がサシャの母親でしょうか。
狩猟民としての暮らしを捨て、孤児院を兼ねた牧場で馬を育てるという方針転換を図ったブラウス氏。もともと彼は革新的な考えの持ち主で、保守派のサシャと意見が対立していました。一族の伝統を守り、森で狩りをして今のまま暮らすことが大事だと熱弁するサシャを、ブラウス氏は人との関わりや変化を恐れる臆病者と断じ、反発したサシャは「できらぁ!」と森を飛び出して訓練兵団に入ったのでしたね。確か。
つい最近まで、パラディ島では馬はたいへん高価なシロモノで、特に軍用馬は労働者の生涯収入に匹敵するとかなんとか設定資料に書いてあった気がします(うろ覚え)。壁の中で食料も限られている状況下、人間ですら飢えてるのに馬なんか育てる余裕はなかったのでしょう。しかし今やパラディ島から「無垢の巨人」が一掃されて土地が広がり、また外国から内燃機関の技術が輸入され始めています(なんと既に鉄道が実用化されはじめています)から、パラディで馬の価値は大暴落すること間違いなし。乗用としても農耕用としても、ついでに食用としても、馬の存在意義は薄れていくでしょう。
馬の時代が終わり、借金をこさえて夜逃げしたブラウスおじさんに代わって牧場主に任命された主人公のキミ。農作物を植えて収穫し、家畜を育て、特産品を都市で売って農場を大きくしよう!時にはロマンスも…!? ~牧場物語最新作・おいでよパラディの森へ!~ 発売予定なし!
…そんなブラウス氏は突然現れた「家出した兄妹」がまさか娘を殺害した相手だとは知るよしもなく、何日でも泊まって行きなさいと穏やかに声をかけるのでした。
居候する代わりに馬小屋の掃除を任された「兄妹」は、馬にかじられるなどしながらも周囲への警戒ゼロで密談。どこで誰が聞いてるかも分からないのにマーレが~軍が~と垂れ流し。お弁当のサンドイッチを持ってきたカヤに対しても、ガビは「おめ~よ~、罪人のくせに反省がね~よなぁ~?」と怒りの形相で食って掛かる有様。マジお前…マジで…。
で、こんだけ隠す気ゼロなので当然と言うべきか、カヤはとっくに二人の素性に気がついていて、マーレではパラディの住民は罪人だと教えてるの?と直球を投げかけるのでした。
ガビは正体がバレてる原因のほとんどが自分にあるにも関わらず、バレた…殺さなきゃ…みたいな顔でピッチフォークを両手で構え、「悪魔が正体を現した!」などと叫びながらカヤに突きかかります。駄目だこいつ…早くなんとかしないと…。 身を挺して割り込むファルコ。ドタバタ騒ぎを聞きつけて他の男子が寄ってきますが、カヤが適当にごまかして追い払います。今の所、彼女は脱走した捕虜を通報する気はないようです。どうして? その理由の一端は、すぐに明らかになりました。
ブラウス氏の牧場はかつてのダウパー村(サシャの故郷)から徒歩圏内にあり、村はあの日の姿のまま放置されていました。カヤはガビとファルコをそこへ案内し、4年前の出来事を語って聞かせます。足の悪い母と自分だけが逃げ遅れ、母は生きたまま巨人に食われた。なぜ、母がそんなことになったのか。母にどんな罪があるのか。カヤはガビに問います。カヤは家族に降り掛かった災難の理由が知りたかったのでしょう。
ガビは古エルディア帝国が犯した(とされる)歴史上の罪を早口で並べ立てます。戦争責任、民族浄化政策、文化破壊、奴隷の使役…。その罪でエルディア人は世界から敵視されているのだから、被害者面をするなと言うのです。
しかしカヤには全くもってピンと来ません。なぜって、彼女の母親は過去の大陸での戦争にも、今新たに起こったパラディvsマーレの戦争にも無関係であり、ただ村で生まれ質素に暮らしていただけなのですから。母親本人に、責め殺されるだけのどんな咎があったというのか。ガビはそのシンプルな問いに答えることができず狼狽します。マーレの教育は理論武装が甘すぎますね。
罪悪感に苛まれるファルコは、見かねて助け舟を出します。カヤと母親が巻き込まれたのは、パラディの戦力や対応を調べるためにマーレ軍が行った威力偵察と呼ばれる作戦行動であったことを伝え、謝罪。カヤはそれを聞くと母親が亡くなった場所で黙祷を捧げ、静かに振り返ります。教えてくれてありがとう、でもあなたが謝るのはおかしいよ、と言い添えながら。
その集団に属しているというだけで、当人が与り知らぬ過去の歴史を責められるのも、関与していないことで頭を下げるのも、カヤにとっては理解できないことです。これを読むと多くの方は、ああ今の日本を取り巻く東アジア情勢を風刺してるんだなと感じるでしょう。この論点を掘り下げることは、ここではしません。
その状況からどうやって助かったの?と当然の疑問を口にするファルコへ、カヤはサシャが命がけで逃してくれた事を語ります。カヤはさらに、今度マーレ人が勤めるレストランに行く機会があるから、そこへガビとファルコを連れて行って引き合わせるとまで言いました。敵に塩を送る理由がわからないガビはただ困惑し、なぜそんなことをと問います。私はお姉ちゃん(サシャ)のようになりたい。お姉ちゃんなら行くあてのないあなたたちを決して見捨てたりしない。そう断言するカヤの目はどこまでも澄んでいました。
107話において、サシャの葬儀にブラウス夫妻と並んで参列していたのがカヤですね。墓前で泣き崩れ、ブラウス氏に肩を抱かれていました。
ちなみにこの時、3人はニコロから食事への招待を受けています。マーレ人が働くレストランへ行くというのはそれを指してのこと。カヤやニコロが傾倒する美少女ヒロインこそが、ガビが撃ち倒したエルディア兵士その人であると、いずれ明らかになる日が来るのでしょうか…。
兵団の人々
兵団司令部の正門前で、ハンジは大勢の人だかりに囲まれていました。相手はマスコミやリーブス商会です。口々に兵団への質問や不満を唱える群衆を尻目に、ハンジは憲兵に聞けの一点張り。かつて王政幹部らが秘匿した真実を壁中人類へ知らしめ、情報公開を果たした主導的人物も、立場を得れば同じようなもの。情報は民衆に知らせず、個人の正義感より保安上の判断を優先し、かつて共に戦った同志の目を見て信じろと言うことすらできない。
巨人を切り刻んで実験することに快感を覚え、兵団いちの奇人として"生き急ぎすぎ"たハンジの面影はもうどこにもありません。ハンジの脳裏によぎるのは、壁内クーデターの前にレイス家の情報を引き出すため拷問したサネスの言葉でした。
汚れ役には順番がある。役を降りても誰かがすぐに代わりを演じる。道理でこの世からなくならないわけだ。がんばれよ、ハンジ…。
やり場のない自己嫌悪にワナワナとひとしきり震えた後、ハンジは椅子に座ったままガックリと肩を落とし、疲れたとつぶやきます。まるでそのまま消えてしまうのではないかと思わせるような、しばしの沈黙………。ふと思い出したように、「まだ調べることがある」と立ち上がったハンジの目には光が戻っていました。逆に言うと、調べものが終わったらどうなるのかちょっと心配ではあります。
ところでハンジに詰め寄ったディモ・リーブスが気になることを言っていましたね。「シガンシナ区の全住民強制退去命令」が出ているそうです。シガンシナは奪還後、リーブス商会が仕切る形で復興を進めたらしく、それを今更立入禁止にされたのでは商売上がったりだということで抗議に出向いたわけですが…。ハンジは自分の担当ではないと突っぱね、全てはエルディア国民のためだとしか答えませんでした。なんらかの軍事行動に伴う措置と思われますが、詳細はまだ分かりません。シガンシナ付近の壁に埋まっている巨人で「地ならし」の演習を行うのでしょうか?
時を前後して、キヨミ・アズマビトがパラディ島へ上陸。「地ならし」を観測するためにわざわざ新造の飛行艇を持ち込んでいました。
* * *
独房にぶちこまれているエレンの釈放を求め、レベリオでの戦闘の情報をマスコミにリークした一派があります。首謀者はフロック。残りは新兵です。エレンは先の戦いの功労者であり(原因でもありますが)、不戦の契りを発動させずに地ならしを行う鍵。軍規違反を除けば、英雄と呼んで差し支えないでしょう。フロックらは国粋主義的な考えらしく、新生エルディア帝国は神の御業によって勝利を得る!始祖の巨人万歳!兵団は一刻も早くエレンを解放せよ!といった主張をしています。
ハンジはエレンの行動によって世界がエルディア国を現実の脅威として敵視することになったのでは?と疑義を呈しますが、フロックは「地ならし」を得た今なら外交で勝てると踏んでいるようです。ただし実際に地ならしが機能するかどうかは未確認なので、早くエレンを解放して実験を行うべきだという意見。
ハンジは彼らの主張に一定の理解を示しはしたものの、規律は規律としてフロックや新兵を処分。懲罰房入りを命じます。フロックらは確信犯で、これで結果が手に入るなら本望であり後悔しないというスタンスです。
独房に入れられた新兵の一人、ルイーゼは過去ミカサに命を救われた少女で、彼女を信奉しているよう。ミカサがエレンに救われたように、自分もミカサに救われたのだ…と語るルイーゼの話を聞き、ミカサは自らが誘拐された事件を思い出して激しい頭痛に見舞われます。ミカサのトラウマに結びついた頭痛は昔からですが、今回の演出を見るとどうやらただの頭痛ではないですね。斜めに配置されたコマ割りから、本来の記憶が封印・改竄されているかのように不安定な印象を受けますが…?
ここしばらくは多方面に話の軸が分かれていて、なかなかグイっと縦軸が進まないですね。エレンとジークの邂逅、地ならし実験が次の注目ポイントとなるでしょうか。