エレンとジークを引き合わせての「地鳴らし」実験はいまだ行われず、エレンは地下牢に拘束されたまま。
独断専行が目に余り、エレンに手を焼かされることに辟易した政権上層部は、彼を見限り内々に後任選びを始める。
業を煮やした主戦派の調査兵たちは、エレン救出と「地鳴らし」実現のため、ある思い切った行動に出ようとしていた…。
進撃の巨人 第110話 偽り者
別冊少年マガジン 2018年11月号(10月09日発売)掲載
ラガコ村、住人巨人化の真実
コニーの故郷、ラガコ村の住人が一夜にして消え失せた事変。「獣の巨人」によって村全体が巨人化させられたということは分かっていましたが、その詳細がジークの口から語られます。
ジーク、「車力」、それに防毒マスク着用の工兵が少なくとも3名が作戦にあたり、村の風上からガスを散布しました。当時マーレの通常戦力がパラディ島へ潜入していた描写は多分初めてではないでしょうか?「車力」の背に荷物として運ばれていたのか。相当酔いそうですが…。
ガスの中にはジークの脊髄液が含まれていて、それをわずかでも吸引したエルディア人は巨人の力を伝送する道が開き、ジークの命ずるままに巨人化させ、操ることができる・・・。
ミケを殺害し、ウトガルト城を襲った「獣の巨人」が操る「無垢の巨人」の群れは人語を解し、夜でも行動できるというのが大きな特長でした。僕はこれを巨人化薬によってそうデザインされているものだと考えていましたが、実際は「獣の巨人」にDNAレベルで(?)紐づけされていることに起因する資質であったようです。
9巻より。ウトガルド城址戦は夜に行われました
ジークは、こうした作戦は不本意だがマーレ本国に疑われぬよう遂行するより仕方がなかったとリヴァイへ釈明します。ジークの口ぶりから、リヴァイはジークがパラディ島のエルディア人を大量に殺害した事に対しては罪悪感を抱いていないと断じ、嫌悪感を隠そうとしません。
実際、ミケの死に様は残酷なものでした。ジークが立体機動装置について問いかけたものの、ミケは恐怖と困惑で会話に応じられなかったため、ジークは装置のみを回収して「無垢の巨人」たちにミケを始末させています。近くにマーレの監視が控えていたとしても、不本意だが仕方なくやった…というにはあまりに加虐趣味的でしょう。こうした行いを楽しんでいるようにすら見えます。
ジークとエレンの面会が先延ばしにされているのも、そうしたジークの人間性から垣間見える懸念(こいつ信用できねーわという印象)と無関係ではないでしょう。
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パラディ内紛
エルディア国政権(作中では「兵政権」と呼ばれています)が抱えている火種を整理してみます。
■「地鳴らし」の必要性と発動条件
科学や軍などあらゆる文明度で遅れをとるエルディア国が、先進諸国との外交テーブルにつくための唯一のカード、それが「地鳴らし」と呼ばれる戦略兵器による示威です。
「地鳴らし」とは、「始祖の巨人」の力でパラディ島の壁に眠っている数多の大型巨人を目覚めさせ、密集して進軍することによりその圧倒的な物量で一帯を更地にする行動のこと。
「地鳴らし」は津波のようなもので防ぎようがなく、この上ない脅威ではありますが、「始祖の巨人」に課せられた「不戦の契り」の制約により、現在は始祖単独で巨人支配の能力を発動させることができません。
不戦の契りを無効化する方法は、「始祖の巨人」と「王家の血を引く巨人」との身体的接触です。これは前例があり、エレンが巨人ダイナと接触した際に能力を発動させ、周囲の巨人を操ってミカサと自分の身を守らせました。
エレンがその状況を再現できるかどうかが、世界中から危険国家として敵視されているエルディア国の命運を左右するわけですが、「エルディア王家の血を引く巨人」は現在ジークのみであり、候補であるヒストリアは妊娠中で巨人化を免れています。
本来、エルディアは早急にエレンとジークの接触実験を行い、「地鳴らし」を任意に発動、制御できうるのか検証し、他国への交渉材料として用いることが必要です。
■エレンとジークを会わせられない理由は?
ところが、エルディア政権は現在のところ、ジークとエレンの面会には消極的です。
ジークが亡命に際し要求しているのはエレンと面会して「地鳴らし」について相談することですが、エレンは軍規違反で地下牢へ投獄、ジークは巨大樹の森に設営されたキャンプで隔離され、両者の対面は果たされていません。(レベリオを脱する飛行船の中では手が届く距離にいたのですが・・・)
なぜ、エレンとジークの面会が実現できないのでしょうか。
エレンが持つ「始祖の巨人」は、ユミルが臣民に与えた九つの巨人を統べる存在で、巨人を用いる国家にとって大きな意味を持っています。マーレはそれを奪取するために始祖奪還作戦を計画。軍の要である巨人のうち4体(鎧、女型、超大型、顎)、後詰に残り2体(獣、車力)を投入しました。マーレが管理していた巨人全て出し切ったわけです(残りは進撃・始祖、タイバー家の戦鎚)。
それほどまでに「始祖」の存在は重要であり、マーレがなりふり構わず手に入れたいと考えていることから、エルディアとしてはエレンを表に出す際には慎重を期す必要がある・・・ここまでは容易に想像できると思います。
加えて慎重論の根拠として、エレンの独断専行が過ぎ、単独でのレベリオ潜入・開戦に至った経緯が不透明であることが一因です。
アルミンの意見に代表される穏健派は、武力外交ではなく話し合いで世界との対話ができないか考えています。彼らにとって「地鳴らし」は必須の存在ではありません。外国に余計な警戒心を抱かせる原因となるため、むしろ実現しないほうがいいのではと考えている節があります。
一方、エレンや彼を信奉する主戦派は自衛のために一刻も早く「地鳴らし」外交を確立させたがっている。エルディアの内側も一枚岩ではありませんでした。
そうした意見が対立し状況が膠着していた10ヶ月前、寿命の縛りもあって焦れているエレンに対し、イェレナが秘密裏に接触します。このままエルディア首脳陣の決定を待っていては永久に話が進まず、手遅れになると判断したためでした。国粋主義者のフロックを煽って引き入れ、エレンとの橋渡しをさせます。この密会を期にエレンは単独行動を取るようになり、そして独断でマーレへ潜入し開戦します。
この時、イェレナはエレンに何を伝えたのか? 潜入期間中、マーレでエレンは何をしていたのか? エレンはそれらについて黙秘しており、本心は明らかにされていません。ザックレーはそのことを重く見て、エレンとジークの接触は慎重であるべきと考えています。
つまり、政権はエレンがジークに何かを吹き込まれており、必ずしもエルディア政権の味方とは限らない、と考えているわけです。彼らに始祖の力を解放させたら、何が起こるかわからない。「始祖の巨人」はユミルの民に対して記憶操作を行うことができますから、ほぼ全てのエルディア人を隷属させることが可能と考えていいでしょう。
そうした背景もあって、政権はエレンよりも従順な手駒に始祖を継承させるべく、代替要員の準備を進めていたのでした・・・。
■エレン信奉者によるテロ
そうしたザックレーを腰抜けと見ているのが、エレンを救世主と崇めるエルディアンナショナリスト、前話で拘束されたフロック達です。 兵士だけでなく一般市民にも相当数の信奉者がおり、エレンの解放を求めています。(一般市民はジークの亡命や地鳴らしの存在を知らないので主張の軸は異なりますが)
彼らの鬱積は、エレンの後任者選びが明るみに出たことで文字通り「爆発」し、執務室にいたザックレーがテロの標的となって死亡しました。調査兵団の新兵による工作と思われ、時を同じくしてエレンやフロックらが牢から脱走したことから、示し合わせての作戦行動であったことが推察されます。
事件の後、郊外の荒れ地で合流したエレンと信奉者たち。名実ともにアウトローの集団となった彼らは、ジークの居場所につながる情報を求めて行動を始めます。厳しい表情のエレンは黒いコートに身を包み、見た目も悪役のそれです。
事ここに至っても、アルミンは疲れた顔で「話し合えばエレンなら分かってくれる・・・」とつぶやくだけ。もはや単なる願望にすぎません。
幼馴染の道は決定的に分かれてしまい、もはや後戻りはできなくなってしまいました。エレンに置いてきぼりにされたミカサが精神崩壊一歩手前になっていますが、彼女の強すぎるエレンへの執着がこれからどのように転ぶのかは要注目です。少女時代と同じく、盲目的にエレンの側にいたいと願って同胞にも刃を向けるのか。大切だからこそ自分のモノにしたいと歪んだ愛情となって表れるのか。あなたはどちらがミカサらしいと思いますか。
にわかに風雲急を告げる壁内。街角には、フードを被り新聞を読み耽るピークの姿がありました・・・。
つづく
ハンターハンターの王位継承戦もそうなんですけど、会話オンリーの回が続きすぎてる感じがしますね。動きがなく少々退屈です。
ザックレー総統が爆殺されて、「手を汚してでも国や民族を守るために戦う」というエレンと信奉者たちのスタンスが明確になりました。一方、アルミンがそれには賛同できず、話し合いでなんとか融和路線へ戻そうと夢想していることも。エレンが直接手を下したわけではないにせよザックレーまで殺害してしまったことで、彼らはもう同じ道は歩めなくなりました。皆すっかり大人になってしまったんですね・・・。ヒッチもやたら大人っぽくなってるし・・・。
かつてクーデーターで傀儡の王政府を倒し、肥えた貴族を「芸術品」に加工して嗤ったザックレーが、今度は自分が悪しき老害として殺されることになろうとは。前話でハンジが「こういう役回りは順番だ」とサネスの言葉を反芻していたのが嫌でも想起されますね。
イェレナのエレンに対するやや逸脱した非合理的な拘泥の一端が垣間見えたのと同時に、彼女のある言動が一貫性を欠くというハンジの指摘、これらが何に結びつくのかはまだ分かりません。イェレナに複雑な裏があるようには見えないのですが。