ジークはパラディへ移送され、エレンは地下独房へ収監される。
彼らの思惑通りにエルディア復権の絵図は形を成そうとしているが、それを完成させるにはこれから襲ってくる"世界"を相手にしなければならない。
エレンはなぜ単身でレベリオへ潜伏し、ひとりで勝手に戦争を始めたのか。
わずか数年でパラディ軍が近代化した経緯は。
今回はその過程が明らかになる…。
進撃の巨人 第107話 来客
別冊少年マガジン2018年8月号(7月9日発売)掲載
ミカサが持つ入れ墨の意味
今号はレベリオ襲撃に至る経緯の回想が中心です。
時は今から2年前。ジークの密命を受けてパラディ島へ亡命したイェレナやオニャンコポン、それに捕虜となったマーレの工兵たちの助力を得て、パラディ島には立派な港が完成していました。最初の接触から1年ほどですから、かなりのスピードです。
イェレナたちの手引きにより「パラディにとって唯一の友好国」の物とされる蒸気船が入港し、乗船していたヒィズルの特使・キヨミ=アズマビトが姿を現します。タイバー公の"宣戦布告"前夜祭で、給仕中にミスしたウドを庇った東洋人の女性ですね。ヒィズルは言わずもがな「日出ずる国」つまり日本がモデルで、アズマビトは東人、関東甲信越に住む人の古い呼び名そのまま。諫山先生のわかりやすいネーミングに感謝です。前夜祭で彼女は和服を着ていましたが、2年前の来訪時は洋装でした。
パラディ側との会談で、キヨミはアズマビト家に伝わる家紋を見せ、心当たりがないか尋ねます。露骨に動揺するミカサ。エレンに促されてミカサが右手の包帯を取ると、果たしてそこには家紋と同じマークが刻まれているではありませんか。このイレズミの存在をすっかり忘れてたけど、いきなりぶっこんできましたね…。
感極まりミカサに抱きつくキヨミ。この家紋はヒィズルの頭領たる将軍家に伝わるもので、100年前の戦乱のさなかパラディへ取り残された世継ぎの血筋を証すものだそうです。
ミカサの母親は壁内で希少な東洋人だったため人身売買の標的にされ、誘拐犯グループに襲われて命を落としました。こちらがヒィズルの将軍家の血統です。一方、父親はアッカーマンの血筋で、こちらは巨人化実験の副産物で遺伝子か何かを操作されている強化人間であり、始祖の巨人による支配を受けず王家の側近を務めてきた誉れ高き武門の一族。そんな両親の間に産まれたミカサは、比肩する者のない超人的な身体能力と、一国の主の末裔という血筋を併せ持つ、まさに正真正銘のスーパーヒロインなのでした!
ヒィズルの将軍・アズマビト家の家紋はこんな感じの図柄
ちなみにアニメ版ではイレズミではなく刺繍(布の裏側のみ登場)でしたが…これを裏返しても"三つ組み刀"にはならなさそう。
キヨミが言うには、巨人大戦が起こる前、エルディアとヒィズルは友好的な同盟国であり、首脳の交流も盛んだったようです。巨人大戦が勃発するとヒィズルはエルディアと共に戦った後に敗れ、現在はその戦後体制の中で敗戦国として戦勝国の後塵を拝している…まあ今の日本みたいなものでしょうか。
キヨミはミカサを「ヒィズルの希望」と呼び、迎え入れたい意向を示します。作中世界は20世紀前半に相当する技術水準で、血統による為政者の選出が続いているかどうかは定かでありませんが、それはなくとも異国の地、それも封鎖されたパラディ島で血脈は続いていたという事実が国民に大きな勇気を与えるのかもしれません。
ただ当時の第一後継者がパラディで消息不明となり近縁の誰かが代わりにヒィズル将軍を継いだのであれば、ミカサが"帰国"することで間違いなく派閥を割った政権闘争が起こりますよね。そこまでしてミカサを連れ帰っても、本人は幸せにならないでしょう。キヨミもそれを承知してのことか強くは拘泥せず、ミカサの意思を尊重する構えで一旦話を区切るのでした。物分りのいい人格者のオバチャンやね。
ジークの本心
続いて、キヨミは橋渡し役のジークと交わした密談の内容を語り始めます。
ジークは自分の体にエルディア王家の血が流れていること、それをマーレには伏せていること、そして自分こそが「真のエルディア復権主義者」であることを明かしました。訝しむキヨミにジークが語ったのは、父・グリシャへらの非難です。曰く、あのお遊びで満足している連中ではエルディア帝国の復権はなしえない、と。
グリシャが率いたレジスタンス活動をお遊びグループと断じるジーク。聡明であるがゆえに、地味な草の根活動を何年続けてもマーレを倒すには至らないと子供心に悟ってしまったのでしょう。そしてある日、ジークはマーレ警察がレジスタンスの所在をあと一歩で突き止めようとしているのを目撃します(彼は当時すでに両親によってマーレ戦士隊に送り込まれ、スパイ活動をしていました)。
このままではレジスタンスの首魁がグリシャとダイナであることが明るみに出て摘発され、一族郎党残らずパラディ送りになる…! その場でジークが取った行動は、両親を売り渡すことでマーレに忠誠を示し、自分に流れる王家の血を保護することでした。
彼は幼なさゆえに物事の優先順位を単純に考えられたのでしょう。両親も、少々のエルディア人も、エルディア帝国復活の大義のためには小さな犠牲でしかないと。始祖奪還を果たし、自らの手に「王家の血」と「始祖」が揃えば、すべては報われるのだと。
結果的にはグリシャらの反マーレ思想に取り憑かれた形のジークは、その思想をひた隠しにしたままマーレ戦士長となり、死を目前にしてようやく宿願を果たそうと動き始めました。恐るべき目的意識です。エレンといい、グリシャの子はどうしてこうも執念深いのか…。
気になるのは、ジークの狙いがエルディア人救済であることを、パラディ潜入当時のライナーやベルトルトらが知っていたか?という点ですね。ある程度の犠牲が出ても最終的にはエルディアのためになると思って壁内を地獄に変えたのか、それとも純粋にマーレから賜った使命として、自分や家族の処遇を案じての従事だったのか。この観点を踏まえた上で、また最初から読み直してみるとしましょう。ライナーたち戦士隊は造反に加担せず普通にレベリオに置いていかれましたので、何も知らなかったと考えるのが普通ですが、果たして…。
キヨミの狙いと提案
ジークはキヨミに対し「パラディ島にいる東洋人の情報を提供する代わりに、パラディ島の近代化に手を貸せ」と言っているわけですが、 これは釣り合う取引ではありません。ジークが次に切ったカードは、立体機動装置の燃料についての情報です。
ジークはテーブルに立体機動装置(ミケ=ザカリアスから奪った物と思われる)を置くと、その燃料である氷爆石について説明しました。氷爆石は本編で触れられていたか定かでありませんが、スピンオフのBefore the fallではこれを用いて立体機動装置が開発されるに至った経緯などが綴られています。
氷爆石は極めて優れたエネルギー効率を発揮する燃料であるとともに、巨人由来でパラディ島に固有のものですから、希少性も非常に高い。つまり、莫大な利益を生む資源というわけです。敗戦国としておそらく多額の賠償を強いられ、今なお国家経営に苦しんでいるはずのヒィズルにとって、新たな産業を興し経済を立て直すことは悲願。そのチャンスがパラディ島にはある…。
キヨミは皮算用を語りながらヨダレを垂らす有様。誰ですかこのオバチャンが物分りのいい人格者だとか言ってたのは。高潔な人物というより、利に聡い商売人ってだけでしたね。なればこそ、利益が合致して取引が成立しているうちは、下手な血縁者や友情愛情なんてものよりも信用できると言えるでしょう。
驚くべきは、この話を聞いたミカサがなんと、自分の件は建前に過ぎないことを理解し、私はダシに使われただけでは?と内心ツッコミを入れていたことです。脳筋少女だった彼女が大人の駆け引きを理解できるようになるとは驚天動地。人って成長する生き物なんですね…。
ともあれ、これでキヨミが割とミカサに淡白だったのも合点がいきます。ミカサとの面通しは名目上のことで、ついでに連れ帰れたらお手柄で尚可という程度。本当の狙いはそこではなく、パラディに眠る地下資源の独占的利用権をいち早く押さえてしまうことでした。まあ血筋じゃ飯は食えませんからね。いつだって争いの元は飯の種なんです。
そんなわけで、キヨミは氷爆石の利権と引き換えにアズマビト財閥の力でパラディ軍を支援することを決め、こうして蒸気船で来訪しテーブルを囲んでいるというわけ。
ジークからの指示を含め、キヨミが打ち出したエルディア復権へ向けての提案は以下の3つ。
①「地ならし」を使った示威行動で外国を抑止する
②ヒィズルの援助でパラディの軍隊を近代化する
③「始祖の巨人」と「王家の血を引く巨人」を保持する
です。
キヨミの目算では、パラディが近代軍を整え、社会制度を変革し、諸外国と対等に外交が行えるようになるまでかかる時間は…50年。それまでの間は、始祖の巨人による「地ならし」発動を抑止力として保持する必要があると言います。
「地ならし」を発動させられるのは「始祖の巨人」と「王家の血を引く巨人」が身体接触した状態です(王族本人が始祖を継承すると「不戦の契り」で能力を行使できなくなるからNG)から、それを向こう何世代かに渡って維持するとなると、エルディア王家の末裔は今すぐ子作りに励まなければなりません。パラディで判明しているエルディア王家の生き残りはヒストリアのみ、大陸側はジークだけです。ジークはジークで子供を作っておけば良かったはずですが、名誉マーレ民とはいえ戦士隊はその辺に制限があるのでしょうか?
ジークは己の寿命が尽きる前に「獣の巨人」を王家の人間に継承することを望んでいます。「王家の血を引く巨人」は別に「獣の巨人」である必要はないはずですが、ジークの記憶から目論見がマーレに露見することを防ぐためかもしれません。
現状、その器となりうるのはヒストリアのみ。つまりジークは、彼女に獣の巨人を継承し、13年の任期の間に次代の巨人継承者となる子供をぽこじゃか産めと言っているわけです…。
物語の都合上なのでここにツッコミを入れるのは野暮なのですが、これはあまり合理的な筋書きではありません。現状、ヒストリアしか王家の末裔がいないのであれば、彼女にはできる限り長生きしてたくさん子を産んでもらった方が得です。獣の巨人は誰でも後継者になれるはずですから、最初にジークとエレンで一発地ならしを見せて抑止効果を与えた後は、「獣」を適当な志願者にあてがい、抑止ではなく本当に「地ならし」を使う場面が来たらその時点で王家に戻し入れる…とした方が合理的ではないでしょうか。
ヒストリアは「獣の巨人」の器となることを承諾しますが、エレンは横槍を入れて他の方法を探すべきだと言います。結論は出ないまま年月が経ち、現在ヒストリアは妊娠しています(父親はまだ未詳)。このままでは彼女かその子が巨人化させられ、レイス家のように食人の儀式を背負うことになってしまう…。ジークの寿命とマーレのパラディ侵攻が迫る中、しびれを切らしたエレンは独断でレベリオに潜入し、ひとりで戦争を始めました。
やむなくパラディ軍は救援に駆けつけ、結果を見れば、ジークは無事に亡命、イェレナはマーレから大量の巨人化薬を盗み出すことに成功。エレンは「戦鎚」を食ってさらにパワーアップ&戦士隊の戦力は大幅減と、局所的には大勝利を収めました。その代わり、燻っていたパラディ島脅威論が現実に証明され、世界は再びエルディア人を敵とみなし牙を向いたことになります。戦争を起こすことを必ずしも望んでいなかったパラディの慎重派からすればとんでもない暴挙と言えるでしょう。あとサシャが死んだのでサシャが好きな読者からも恨みを買いました。
エレンは独房にぶち込まれていますが、その気になればいつでも出られますし、「始祖の巨人」を持つ以上何をしても処刑されることはないと高をくくっています。独断専行をとがめるハンジに逆ギレし、じゃああんたに何ができんだよと掴みかかる様は、少年期のエレンと全く変わっていません。命令や軍規を平気で無視する超兵器となるとハンジたちパラディ軍にとって敵よりやっかいな存在です。イェレナのはたらきで巨人化薬の在庫は増えたわけですし、もう他の誰かを巨人化させてエレンを食わせちゃえばいいんじゃないでしょうか。もれなくミカサが敵に回りますけど、リヴァイあたりになんとかしてもらって。
ジークとガビ
ジークは亡命後、街から離れた巨大樹の森の中へと連れて来られました。もしジークにニ心があったとしても、ここなら調査兵団に地の利があり制圧しやすいという理由からです。
かつてウトガルドやシガンシナで調査兵団を大量に殺したジークを安々と受け入れることはさしもの変人ピクシスでも難しく、内地ではイェレナやオニャンコポンらの身柄が拘束されていました。ジークの本心が明らかになり、彼らの協力が嘘や欺瞞工作ではないと分かるまでは、やむを得ない措置でしょう。イェレナもそれは承知で、銃を向けられても落ち着いた態度を崩しません。すぐに潔白が証明されると考えているようです。
己の処遇が当面定まったところで、ジークは予定外に拾ってしまったガビとファルコの身を案じます。当のガビはお得意の演技で牢番を騙してボコり、ファルコと共に脱獄。普通こいつらを同じ牢には入れないよなあ…というのは置いといて、ガビはもうジークも誰も信用できないと必死の形相です。孤立無援の敵地で精神的な支えをも失い、彼女らはどう動くのでしょうか。
相変わらず、まったく先が予想できない作品です。世界構造や巨人の仕組みに関するネタバレが済んだあとは熱量が下がっていくかと心配しましたが、まったくの杞憂でしたね。巨人から生き延びることだけを考えていた頃はそれぞれの考えはもっと単純でしたが、今は少しずつ思想や主張の食い違い、隔たり…つまり"壁"が見え始めています。人類の幸福への道程を阻むものは既に物理的な障壁ではなく、各々の心に芽生えた不信や不満といった心の壁なのです…!と恒例のポエムをかましたところで、つづく。