パラディ軍によるレベリオ強襲作戦は撤収の段階を迎えていた。
街区の上空を過ぎ去ろうとする飛行船めがけ、ライフルを抱えて飛び出したガビ。彼女の怒りは空へ届くか?
飛行船の船倉で、本作戦の真の目的が明らかになる…。
進撃の巨人 第105話 凶弾
別冊少年マガジン2018年6月号(5月9日発売)掲載
パラディ軍の撤退
飛行船の底部にはカマボコ状に割った丸太が据え付けられ、そこに立体機動装置のアンカーが刺さるようになっていました。
これを利用してパラディ軍の兵士たちは次々と飛行船へ飛び乗り、エレンやミカサも無事回収されます。
地表付近で撤収を指示するジャンに殿を申し出たのはロボフ元・師団長。もはや役割を終え無用の長物となった駐屯兵団は恐らく大きく組織変更され、人員は調査兵団へと転属が進められているようです。
パラディ島の守りはどうなっているのかと気にはなりますが、壁の中に大型巨人がビッシリ詰まっていていざとなればそれを起動し地ならしに打って出れば、パラディへ上陸した大陸側の通常戦力は為す術もなく全滅することでしょう。それを抑止力として用いる限り、壁の防衛はもはや重要ではないのかもしれません。
ロボフは駐屯兵団とそこで叩き上げた自分の役目が終わったことを承知しており、若手を優先して飛行船へ載せつつそれを援護する役回りを買って出ます。駐屯兵団は憲兵団ほどではないにせよ利権にまみれた組織。そこでタダ飯ぐらいを揶揄されながら何十年も壁磨きをしていた割には、彼は高潔な精神を保っていますね。
飛行船でジャンを出迎えたのはコニーとサシャ。損害は戦死が6名とのことで、敵地潜入での大規模戦闘にしては鮮やかな大勝利。フロックはこの戦果に勝鬨を上げ、自分たちを「我ら新生エルディア帝国」と称します。王国ではなく帝国。女王ヒストリアがスライドして女帝の名を冠しているんでしょうか。
西洋史における皇帝と王の違いをごく簡単に言うと、ローマ帝国の後継者(=カトリック教徒の支配者)であることをカトリック教会から公認された者が皇帝であり、それ以外の統治者が王であるという宗教的な権威の差です。国家の専制君主である点は同じですね。
この構図をそのままエルディアに当てはめるならば、巨人を有する諸国の統治者の中で、ユミル教会が始祖ユミルの正統後継者であると認めた者が皇帝である、というのが妥当でしょうが、今パラディ島が新生エルディア帝国を名乗っているのは単なる自称に過ぎないでしょう。この辺は本筋には関係ないのでどうでもいいですが。
ガビとファルコ
勝利の喜びにわきたつ飛行船内で、ジャンだけは浮かない顔をしていました。想定以下とはいえ戦死者は存在し、自らもまた人間を殺している。こんなことがいつまで続くのかと憂えているようです。昔はワルぶっていたのに今では一番の常識人になってしまいましたね。マルコ、見てるか?
その遥か足下で、息を切らせて街路を走る2つの人影。ガビとファルコです。もう無駄だと制止するファルコ。涙を浮かべて無念を吐露するガビ。
ファルコは先刻のエレンとライナーの会話から、パラディ島民はマーレに蹂躙された被害者の側面があり、報復のために襲ってきたのだと考えていますが、ガビはそれを受け入れられません。パラディ島にいるのは悪のエルディア人であり、それを根絶やしにすることでしか自分たち大陸エルディア人の潔白は証せないのだと、そう信じてこれまで厳しい教練に耐えてきたのです。眼前で親しい人間を無残に殺され、せめて一矢でも報いたい。激情にとりつかれた彼女をファルコは止められませんでした。
予想外の大勝利を収めたこと、対空砲火が全くないことから、飛行船は油断して相当ゆっくりと飛んでいたのでしょう。ファルコと長々立ち話をしていたにも関わらずガビは追いつきます。
そして退路の護衛をしていたロボフをライフルで射殺。ロボフは立体機動装置のワイヤーを飛行船にぶら下げたまま、装備ごと地面へ墜落しました。あっこの展開は…。
自暴自棄のガビはロボフの遺体に抱きつき、ファルコ(&何故かこのタイミングで駆けつけたコルト)に別れを告げワイヤー巻取り装置を起動。上空へ舞い上がります。
ライフル一挺で敵陣へ単身突入など自殺も同じ。ファルコはガビを守りたい一心で後先考えず自らもロボフの脚へしがみつき、ガビと共に飛行船内へ転がり込みます。
犠牲者
まだ全員が帰還したわけでもなく、敵地上空でなぜ見張りもせずここまで油断してしまったのか分かりませんが、ガビはジャンたちの目前へ転げざまに素早く狙いをつけ、即座に発砲。
その射撃は確かな手応えがあり、1人の調査兵が胸を貫かれてその場にドサリと倒れ落ちました。
ガビの第二射はジャンの額をかすめ、2人の小さな侵入者は雪崩かかった調査兵たちによって取り押さえられます。
血相をかえたジャンとコニーが、撃たれた調査兵、サシャ・ブラウスに駆け寄り大声で呼びかけますが、サシャは虚ろな目で「…肉」とつぶやき、ややあって息を引き取ってしまいました。
調査兵団として数々の激戦に身を投じ、生身でネームド巨人たちと渡り合って生還した歴戦の勇士でありながら、少女の銃弾1発であっさりと命を絶たれ、生を終えてしまう。丁寧に並べたドミノが地震でぐちゃぐちゃになるような、この喪失感が本作の醍醐味です…。
捕らえられたガビは死の間際で興奮し血走った目で呪詛を吐きますが、ジャンは静かに、その言葉は今から会う「首謀者」に聞かせてやれと告げます。
ジャンが開けた扉の奥にいたのはリヴァイ、アルミン、ミカサ、縄で拘束されたエレン、長身の女性兵士、そして四肢を切断されたジーク・イェーガーでした。
作戦の「目的」
調査兵団のレベリオ強襲作戦が始まって以来、ずっと伏せられているのがその目的です。結局この戦いで「新生エルディア帝国」は何を得たのか?それがいまいち不明瞭でした。
奥の操舵室から出てきたハンジはジークに問います。全て計画通りですかと。
ガビやファルコの存在、落とし穴にかけたポルコとピークの参戦など誤算はあったものの、「始祖」と「王家の血」の巨人がこうして揃ったことで、エルディアに自由がもたらされる。
ジークはそうはっきりと口にしました。驚くべきことにジークはいつの間にかエルディア民族主義に鞍替えしており、彼こそが本作戦を手引きした首謀者だったのです。件のノッポの兵士はジーク子飼いのシンパで、名はイェレナ。作戦に協力し同胞を売ったマーレ人でした。
見るからに怪しいノッポ兵士に罠へ誘い込まれたあたりの話で、ジークは訝しむわけでもなく後をついていくだけで存在感がやけに希薄だと感じていましたが、実は共犯だったというわけ。
リヴァイとジークはプロレスばりに脚本を共有しており、「獣の巨人」は筋書きどおりに背後から倒され、リヴァイはジークを確保した後でうなじ付近を爆弾で吹き飛ばし、殺害したように見せかけた。
ジークと共謀しその脚本を伝えていたのがエレンの手紙であり、ファルコはその片棒を担がされていたわけです。
ところで、リヴァイやハンジの口ぶりからすると、この作戦は独断専行でレベリオへ潜入したエレンの救出が第一目的であったようです。
突出した人材的価値から、新生エルディア帝国はエレンが単身敵地で救援を求めているとあれば、何をおいても助けに行かざるを得ない。
それを織り込み済みでエレンはレベリオへ潜入し、ジークと接触して共にマーレからの逃亡を企てたものです。
エレンはリヴァイに顔面を蹴られた上、縄で拘束。この時さすがのミカサもエレンをかばうことはできませんでした。
つまるところ、このレベリオ強襲作戦はエレンが強引に調査兵団を巻き込んだもので、 その目的は
①エレン・イェーガーの救出
②ジーク・イェーガーの亡命工作
③マーレ軍の戦力に打撃を与え反攻までの時間を稼ぐ
ことだったと言えます。そのためにサシャとロボフを含む8名の調査兵が死にました。
仲間の命を駒として使い捨て、目的のために調査兵団を利用するエレンの面構えを、リヴァイは王都の地下街で見たクソ野郎のそれだと指摘します。
仲間たちからの信頼を失ってまで、エレンがジークと通謀して成し遂げたい世界の変革とはいかなるものか。
ジークはエルディアに自由をもたらすと言いました。
彼は、父でありレジスタンスのリーダーでもあったグリシャをマーレ当局に通報するなど、幼少期からマーレ主義思想を体現していた人物です。事実グリシャはそれでパラディ送りとなり、たまたまクルーガーと居合わせたおかげで「進撃」の力を移譲されて生き延びたものの、あそこで死ぬか無垢の巨人に成り果てるのが必然でした。
その後、ジークは現世代の戦士隊でリーダーを任され、名誉市民として遇され、やがて始祖奪還計画の後詰としてライナーらの応援に駆けつけます。
そこでリヴァイにあわやという所まで追い詰められ、逃亡ぎわにエレンへ「お前を救ってやる」と言い残しました。
数年後、今度はエレンやリヴァイと手を握って芝居を打ち、新生エルディア帝国に亡命して何事かを為すつもりです。
彼を心変わりさせた原因は何か。エルディアの自由とは何か。
ようやく見えはじめた新しい物語の道行きは、きっと次号で語られることでしょう。
ジークが口を開いて以降、ガビとファルコはついぞ誌面に描かれませんでした。彼女たちは今何を思うのでしょうか…。
つづく