パラディ軍によるレベリオ区への強襲作戦は、これまで一貫してパラディ軍がペースを支配する展開となっていた。
巨人保有数でこそマーレ戦士隊が勝っているものの、立体機動装置、雷槍といった見慣れない兵器に加え、巨人より怖いと噂される人間兵器・アッカーマンが2人。
巨人エレンの出現を皮切りとし、瞬く間に蹂躙されたレベリオの街並み。親しき人を目の前で奪われたガビ。リヴァイに斬られ崩折れる獣の巨人と、雷槍一斉攻撃に沈んだ車力。
意識の戻らないライナーと、助けを求め瓦礫を這い出たファルコ。
マーレの後詰が乗る軍艦の群れは超大型巨人の出現で消し飛び、広場では戦槌・顎とエレン・ミカサがにらみ合う。
彼らが血と炎で描く地獄絵は、いまだ完成を見ない…。
進撃の巨人 第104話 勝者
別冊少年マガジン2018年5月号(4月9日発売)掲載
追い詰められる戦士たち
パンツァー隊のガンナーを射殺され逆上したところを返り討ちにされた「車力」ことピークは、地面に倒れたあと雷槍の集中砲火を浴びて身動きが取れません。トドメを刺そうと雷槍を構えたジャンの前に飛び出したのはファルコ。
ジャンはその挺身にほんのわずか逡巡したものの雷槍のトリガーを引き、炸薬をたっぷり乗せた槍はファルコの頭をかすめて背後の「車力」へ突き刺さ…らない!わずかに軌道が逸れて地面で爆発します。
カバーに入った後続のパラディ軍が攻撃態勢に移るのを、マガト率いる警備隊がライフルで妨害。ファルコとガビは協力してボロボロのピークを「車力」の体から引きずり出し、建物の中へと逃げ込みました。
ガビ曰く「車力」は「鎧」に比べて頑丈ではないそうで、肉体の修復能力では他の巨人に劣るようです。床に横たえられたピークは当分傷を治すのに手一杯で戦線復帰は困難と思われます。
「獣」ジークがリヴァイに倒され安否が分からず、ピークは雷槍で重傷。「顎」「戦槌」はエレンとミカサを相手取っています。ここに姿を見せていないのは「鎧」のライナーで、ガビはその所在をファルコに問う。
ファルコはライナーがエレンと対面した時の様子や、中途半端に巨人化した状態から「生きる意志の弱さ」を感じ取り、彼を戦闘へ参加させることは難しいと考えている様子。当然、そういった弱腰を看過できるガビではありません。眼前でゾフィアとウドをはじめ親しい人たちがあっという間に肉塊となり、その光景を焼き付けた彼女の瞳は憎悪と憤怒に燃えている…というよりは、その域を脱して光を失い、すでに怨念に取り憑かれているように見えます。
激しい口論になるかと思われたその時、窓の外に何かを察知したガビは音もなく立ち上がってピークの元を離れると、モブ兵士が止めるのも聞かず窓へ近寄りました。彼女がそこで見たのは、上空に迫る飛行船です。
アルミンの侵攻
レベリオから近いマーレの軍港で、作中においても、読者にとっても、久々にその姿を見せた本作の看板「超大型巨人」。中に入っているのはアルミンです。見た目の形質はベルトルトの頃とあまり変わっていないように思えます。
巨人化する際の爆風だけで戦略級の威力を持ち、居並ぶ軍艦や隣接する街区、兵士や住民はすべて灰燼となりました。茫漠とした軍港跡地をはるか高くの視点から見下ろし、アルミンはベルトルトが抱えた苦悩をようやく理解します。
ベルトルトはかつて言いました。シガンシナの壁を破壊して申し訳ないと思った。誰が好きで人を殺したいもんか、と。身内を殺され、住むべき土地を奪われ、大量の難民を出し口減らしの憂き目を味わったエレンらパラディ民には全く理解のできない発言でしたが、今アルミンはベルトルトと全く同じ行動を取り、多くの命を背負います。
巨人のうなじから現れたアルミンは瓦礫の下で泣き叫ぶ子供を感情の読み取れない瞳で見下ろし、亡きベルトルトのことを思い出すのでした。
その彼の頭上を、大型の飛行船が通過します。これが作戦第2段の正体。建物の屋根にライトをつけて回っていたコニーたちの行動から予想した通り、空からの侵攻です。アルミンは静かに立体機動装置のアンカー射出口を頭上に向けました。これで飛び移るつもりでしょう。
マーレも前回の要塞攻略戦で飛行船を用いた兵員輸送を行っていましたし、大陸における戦争で空路の利用は既知の戦術ですが、対空砲の配備は進んでおらず、戦闘機/偵察機の概念はあまり発達していないようですね。ちょうど過渡期ということなのでしょう。
しかしパラディ軍が大陸で表立った軍事行動を取るのは今回が初と思われますが、この飛行船は敵軍から接収したものではなく自力で建造したのでしょうか?
ご存知の通りパラディは過去100年ほど王政府により空を飛ぶ研究は禁じられていて、技術的な発展は皆無でした。基礎的な科学技術や文化水準が大きく遅れているパラディ島民が、たかが数年のうちに飛行船の技術を盗み、軍事利用できるまでに実用化しているとは驚くべき進展と言えます。もしかしたら、マーレと敵対する第三国が裏で技術や兵器の支援を行っているのかもしれません。
ともあれ、ハンジやアルミンらが乗った飛行船は何の抵抗も受けずにゆうゆうとレベリオ上空まで飛来し、そこでコニーら先遣部隊が設置した誘導灯に沿って低空を飛びます。可能な限り低速を維持し、展開した兵士たちは立体機動で飛行船へ飛び移ることで回収、撤退する段取り。
飛行船を目撃した「顎」ポルコはそれを破壊しようと考えなしに動きますが、それはミカサの思う壺。自分が誰かを攻撃しようとしている時が一番狙われやすい、というゴンとヒソカの教訓そのままに、注意がお留守になった足元をミカサに狙われあえなく両脚切断、昏倒。ポルコは独断専行で陣形を崩した途端にジークを狙われたり、今回の戦場で全くいいところがありません。なまじ大きな力を持っていると、自分でなんとかできると考えてしまうのか、なんとかしなければいけないという焦りが先行してしまうのか。始祖奪還計画でスタメンから外されたのにはそういう性格が影響していたのかも。
「戦槌」奪取
足を失った「顎」をエレンはすぐさま追撃し、腕をもぎ取ってダルマにします。抵抗できなくなった「顎」の口にエレンがねじ込んだのは、「戦槌」の本体である、ヴィリータイバーの妹が入った結晶体。何をする気かと思えば、エレンは「戦槌」の本体を咥えたままの「顎」を上半身ごと持ち上げ、その頭部に渾身の力を込めて締め付けます。
ちょっとイメージしづらい場合、ラーメン屋にあるにんにく絞り器を思い出してください。
こう、にんにくの実を挟んでギュッと握ると中身が潰れてメチャッ...!となるやつです。エレンの場合、てこの原理ではなく100%腕力ではありますが、「顎」の歯を使って硬い水晶体を割り、中身の女性をにんにくより容易く押しつぶし、噴き出す鮮血を浴びるように飲み干します。ジョジョ1部のタルカスが人間を頭上にかかげ、雑巾のごとく絞って血をゴクンゴクンと飲むシーンを思い出しますね。このような残虐シーンは今のジャンプでは載せられないと「太臓もて王サーガ」に書いてありました。
血を飲んだエレンは「ドクン」と胸が高鳴っていますので、無事継承は済んだようです。巨人化能力の継承は肉を「食う」必要はなく、脳脊髄液を摂取することで行われるはずなので、外科的な技術が進めばあるいは死なずに譲渡することができるやもしれません。髄液をカテーテルで抜いて飲めばいいわけですから、21世紀の日本なら楽勝です。
エレンの硬質化した素手で太刀打ちできない水晶体も、「顎」の歯を使えば同じ圧力で粉々にできるというのは面白い。実は高速で小さく振動しているとか特殊な機能が備わっているのでしょうか。
それはさておき、作中では「戦槌」本体は死亡。ヴィリーの妹は多分名前すら出てないんじゃないでしょうか。これでエレンは「進撃」「戦槌」「始祖」と3体もの巨人をその身に宿す、生きる災害級の存在となってしまったわけです。
普通に考えて、ここまで戦力を一極集中させてしまった場合、エレンが造反や乱心した場合とんでもないことになりますから、制御するための枷が必要となります。創作でありがちなのは「脳や心臓に爆薬を埋め込んで命令違反したら処刑する」とか「肉親を人質にする」などですが、エレンは多分野放し。となると戦乱が鎮まり新時代が始まった際、体制側が邪魔者としてエレンを暗殺しようとする…なんていう別のお約束が見えて来ますね。
ライナー、遅い出勤
さて、「戦槌」を飲み干したエレンが次に手をかけたのは「顎」です。こいつもすでに意識混濁で無抵抗。この上エレンが「顎」まで吸収したら、一体世界はどうなってしまうのかー!?
さすがに目の前で先輩が食われるのを黙って見ていられないガビは、ライナーに助けを請い絶叫。その声でライナーはようやく意識を取り戻し、エレンの背後で巨人化。しかしその姿はこれまでの「鎧」とは大きく異なるものでした。
皮膚がなく筋肉が丸出しになったような体躯と大きさは間違いなく巨人のそれですが、顔はライナーのままです。巨人の肉体に、巨大化した人間の顔が乗っているという新しい不気味さ。いわゆる「覚醒」のようなオーラは感じられず、どちらかというと不完全で歪な印象です。
それを見て反射的に殴りかかったエレンの硬質化左ストレートを受け止めようとするも、アゴを綺麗に撃ち抜かれてライナー地面に大の字。やはり全くパワーアップしていません。振り抜いたエレンの拳には衝撃波が見える始末。会心の一撃とはこのことです。ライナーは立ち上がってくる気配を見せないものの、「顎」の体はしっかりエレンからもぎ取ることに成功。エレンは体力的にも時間的にも猶予がなく、うなじから離脱して飛行船へ撤退。ライナーは殴り合いには負けたものの顎の死守は果たし、遅参の失点をわずかでも回復できたか。
さしたる抵抗もなく離脱へ向けて進む飛行船を見て、ガビはライフルを抱え飛び出します。エレン・イェーガーをここで逃してはならない。必ず殺す。みなぎる決意は上空の飛行船まで届くか?
つづく
結局、パラディ軍の目的は?
戦果としては
・パラディ島包囲網の構築を進めようとしたタイバー家当主の殺害による求心力低下
・マーレ軍幹部の殺害による指揮系統の弱体化
・「戦槌の巨人」の能力奪取
・軍港と多数の軍艦の破壊
・巨人戦力をねじ伏せたことによるマーレ軍の士気低下
などが見られますが、これによりパラディ軍はマーレに対し外交的優位を手に入れることができたのでしょうか?
タイバー家は大物で、「戦槌」も強力なカードですが、そもそも彼らはこれまでマーレ軍や戦士隊の指揮下にはなく、借り物の戦力ですから、マーレ軍に与える影響は意外と小さいのではないでしょうか。
どちらかと言うと、マーレの軍事力の根幹たる戦士隊がパラディ軍に終始圧倒され、ジーク、ピーク、ポルコらの無力さが露見したことのほうが、市民感情にダメージを与え兵士たちを厭戦に導く効果が大きいのかもしれません。
ただ、漫画作品としてみた場合、作戦にはもっと明確で単純な目標が設定されることが多く、上にあげたような内容ではちょっと弱いなという印象です。実は作戦の目玉はまだ隠されていて、市街戦はすべて陽動。派手に暴れるエレンたちを隠れ蓑に、こっそり潜入していた部隊が戦士隊本部から何かを盗み取っていて、それこそが本当の作戦目標であった…というようなことは考えられないでしょうか。