進撃の巨人 ネタバレ考察

(84)白夜

あの日から始まった戦いに終止符を。

「進撃の巨人」を象徴する人類の仇敵、超大型巨人。奇しくも物語の発端となったシガンシナの街で、最後は人間としてそれに打ち克ったエレン。だがその作戦のためにアルミンは焼け焦げて瀕死の状態となってしまう。

彼の命を救うには、一秒でも早くリヴァイが持つ巨人化薬を注射し、超大型巨人から引きずりだした本体・・・ベルトルトを食わせるしかない。

リヴァイがエレンに注射器を渡そうとしたまさにその瞬間、致命傷を負ったエルヴィンを抱えて、一人の兵士がリヴァイの元へ辿り着いた。

救えるのは一人だけ。誰を生かし、誰を殺すのか。誰がそれを決めるのか。迫る刻限、彼らはこの場で悔いなき選択を導けるか・・・。

進撃の巨人 第84話 白夜
別冊少年マガジン 2016年09月号(8月9日発売)掲載

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対立

この場にいるのは7人。

【健在】リヴァイ、エレン、ミカサ、フロック(エルヴィンを抱えてきた兵士)
【瀕死】エルヴィン(腹部に致命傷・意識不明)、アルミン(全身に重度の熱傷・意識不明) 
【捕虜】ベルトルト(超大型巨人の本体。四肢切断して拘束)

一人しか生かせないとなった場合、リヴァイとフロックはエルヴィン派で、エレンとミカサはアルミン派です。

双方にお題目はあります。

エルヴィンは指揮官として十分な実績を持っており、彼以外に調査兵団を率いて非情な作戦を決行できた者はいません。獣の巨人らによって兵団の戦力が壊滅した今、それを立て直していくためにはエルヴィンの力がいっそう必要とされます。手足がもげても頭を残す、今後の兵団運営を見越した政治的判断と言えるでしょう。

一方、アルミンは戦術レベルでこれまで何度となく突出した働きを見せています。体力的に劣り弱々しい印象で描かれたアルミンですが、いざという時にピンポイントで正鵠を射抜く力は誰よりも持っている。エレンやミカサ、リヴァイがどれだけ個の能力に秀でていても、アルミンの作戦なしでは立ち行かなかった場面がこれまで度々ありました。

まあ実際はそういった事実は建前にすぎず「自分にとって大切な友人だから死んじゃやだ」という理由をあれこれと正当化しているだけです。リヴァイはエレンに私情を捨てろと言いますが、それがお互い様であることを(それほど人の機微に聡くないタイプの)エレンにさえあっさり看破されています。兵長かっこわるw

 

互いの主張は平行線、薬箱をもぎとろうとしたエレンを顔面殴打で振り払うリヴァイ。となれば次に動くのはミカサ。過酷な連戦で消耗したリヴァイを押し倒し、喉元にブレードを突き付け脅迫します。今なら力で押し勝てる、行けメスゴリラ!

それを見てフロック(エルヴィンを運んできた兵士)はミカサに対しひと演説をぶちます。壁の向こうでは獣の巨人による散弾攻撃でマルロや他の仲間が皆殺しにされた事実を告げ、なぜ自分が生き残って瀕死のエルヴィンを見つけたのか、そこは意味があると。

彼が話したほんの短い間に、ハンジがそこへ駆けつけてミカサを羽交い締めにします。これでエルヴィン派が1人増えました。コニーとジャンもいますが、彼らはひどく狼狽しており、即座にアルミン側へ加勢してリヴァイやハンジを敵に回すような雰囲気ではありません。なおサシャは気を失ってコニーに背負われています。

 

ミカサは抵抗し、ハンジの右手に握力だけで「ビキ」などという恐ろしい音を上げさせますが、痛みに顔を歪めながらもハンジは訥々と正論を吐きます。これまで何人の友を失ってきたか。彼らをどれだけ生き返らせたいか。

作中ではたかだか数十分前、超大型巨人の出現による爆風に巻き込まれそうになった時、ハンジを庇ってモブリットが殉職していました。「進撃の巨人」にしては綺麗な、アバヨとばかりに爆発の光の中に消えるという描写ですが・・・。

「え、モブリットって誰?」と思った方でも、ハンジの側近で「生き急ぎすぎです!」「あんた本当に死にますよ!」と叫んでた女房役の彼だと言えばお分かりでしょう。

作中での描写はメインキャラほど多くありませんが、少なくとも5年以上にわたり同じ班で生死を分かち合い生き延びてきた戦友同士です。ハンジにしてみれば己の片腕に等しい存在でしょう。

 

ハンジに「みんな大切な人が死んで辛いんだからワガママ言っちゃだめ」とお説教されてミカサは落涙、意外とあっさり脱力してへたり込みます。仮にミカサが本気で暴れたら今この場に止められる者はいないと思われますが、ミカサの中でもエルヴィンの方が大局的には重要な人材だと分かっている、と言えるでしょうか。

頭では軽重が分かっていても、それだけで割り切れないのが人命というもの。私達が生きる現実世界に比べあまりにも簡単に命が失われ、厳しい規律に支配されている本作の世界においても、それは同じであるようです。

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決断

リヴァイは注射器を片手に、生存者たちはこの場を離れるよう命じます。変身したエルヴィンが確実にベルトルトへ食いつくようにです。

もはや大勢が決し抗えないと悟ったのか、エレンも横たわるアルミンへ手を伸ばしながらフロックに抱えられて飛び去ります。彼もまた、本気で暴れて仲間を傷つけてまでアルミン復活を通そうとはしない。個体の戦力がどれだけ強くても、人間であろうとすれば文字通り「人と人との間」、すなわち社会の中で生きるしかなく、暴力では何も変えられないことをエレンは理解しています。

この辺は今丁度アニメ放送している「モブサイコ100」とか、同じONE先生の「ワンパンマン」でも繰り返し描かれている普遍的なテーマです。すごい必殺技を持ってて無敵だからハッピーな人生かというと、全くそんなことはないというわけ。あの絶対強者・範馬勇次郎でさえ結局は息子との関係性に執着したことからも、これが別に珍しい主張でないことがお分かりでしょう。

 

さてリヴァイは生殺与奪権をその手にして、しばし思い出にふけっていました。

アルミン=アルレルトはどんな人物だったか。

遠征に出発する前夜(72話)、リヴァイは戸板越しに、エレンとアルミンの与太話とも思えるやり取りを耳にしています。

巨人を駆逐し壁の外が歩けるようになったら、その時は「海」を見に行こう。子供の頃のままに目を輝かせ語るアルミンの話に、リヴァイは聞き入っていました。それはリヴァイが王都の地下で盗みを働いていた頃、イザベルやファーランたちと語りあった夢と重なっています。

先刻、エレンがリヴァイにアルミンを救うよう懇願した時、エレンはこう言いました。「アルミンは仇を憎んで戦うだけじゃない、その先の夢を見ている」と。それはこの世界の住人にとり、余人を持って替えがたい資質であるでしょう。特に、ビジョンを示すべきリーダーにおいては。

 

他方、エルヴィン。

彼が人生の大半をかけ執着した巨人の真実がイェーガー家の地下室にはある。もう手が届くところまで来た。ここでエルヴィンを生き返らせれば彼の夢は叶う。・・・だが、それが叶ったらエルヴィンはどうしたいのか?

リヴァイがエルヴィンと最期に話した時。泣き言を吐露したエルヴィンに、夢を諦めて死ねと宣告したあの時。80話でエルヴィンは微笑んでそれに応えましたが、その場面には続きがありました。

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この瞬間、エルヴィンはすでに死んだのです。己を規定し縛り続けた仏教的な意味での愛着(あいじゃく※)から解放され、為すべきは次の希望をつなぐために礎となりここで果てること、そう悟って彼は獣の巨人へ挑みました。

※仏教的な意味での愛着・・・「貪る」というニュアンス。拒絶や無関心と並び、人生における三つの苦しみの一つとされる。何かに執着する人生は苦しいのだ。

 

幾ばくかの逡巡の後、それでもエルヴィンの手を取り針を刺そうとするリヴァイを跳ね除けるように、エルヴィンの左手が頭上に挙がります。混濁した意識で、教師であった父親への質問をつぶやくエルヴィン。今際の際にあって表出した彼の「支え」は、結局そこなのでした。エルヴィンが視ていたのは人類の未来ではなく、悲しいことに過去でしかなかったのです。

 

結局、リヴァイが選んだのはアルミンでした。

無事に(?)巨人へと変貌したアルミンは、転がされて身動きがとれないベルトルトに頭からかじりつきます。ベルトルトは助けを請いアニやライナーの名を叫びながら、見苦しく噛み砕かれ死亡。もはや誰一人ベルトルトの生命を惜しむものはおらず、見やった先に並んだかつての同期たちの顔には「やったぞ!これでアルミンが助かる!」という興奮しかない・・・。

恋するアニとの再会は叶わず、それどころか彼女が今どこでどうしているかすら知らないままに生を終えたベルトルト。その記憶はアルミンへと引き継がれ、いつか救われる時が来るのでしょうか・・・。

すでにライナーはジークと共に逃亡。ベルトルトが死亡したことにより、生きた敵側の情報源がなくなってしまいました。後はアルミンが巨人の記憶を開封できればよし。ご都合主義で記憶が封印されている場合は地下室に賭けるしか望みがないという状況です。これで地下室にあったのがグリシャ秘蔵のエロDVDコレクションとかだったら、本作は漫画史に残る炎上を巻き起こすでしょう。期待しています!

 

エルヴィン復活を託してリヴァイに裏切られた格好になったフロックは、静かに問い質します。なぜかと。

リヴァイの返事を端的にまとめると、「もうエルヴィンを赦してやって欲しい」となるでしょうか。この地獄のような壁の世界で、彼は若い頃から父親の死による呪縛で十分に苦しんだ。ようやくその呪縛を断ち切り、己の意思で死へ臨んだのに、また生き返らせて同じ苦しみを与え続けるのか。

リヴァイの中では、やはりあの時にエルヴィンはそれまでの生き方から解放され、死んだのです。心臓が動いていて歩き回っているからといって、人間が生きていることにはなりません。人間には生きようとする意志が必要なのです。

獣の巨人を仕留める約束は、もう少し待って欲しい。リヴァイは巨人アルミンがベルトルトを平らげ人間へ戻る様を眺めながら、横たわるエルヴィンへ声をかけます。 

「・・・もう死んだよ」

「・・・そうか」

お疲れ様、と言いたげな顔でエルヴィンの瞳孔反射を確認しながら、彼の死を告げるハンジ。沈黙し、ややあって一言だけ返すリヴァイ。

そのそっけないやり取りに溢れる慈愛と優しさは何としたことでしょう。こういう行間の描写、この漫画はやっぱりただの殺戮バイオレンス活劇ではなく、大人の鑑賞に耐える味わい深さがあるなあと、改めて感じ入る筆者でありました。

ところで、今回の副題は「白夜」。北極圏や南極圏で太陽が沈まず夜中でもずっと明るい現象のことですが、これが本作で何を指すのでしょうか。考えてみるのも面白いですね!

次号につづく。 

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別冊少年マガジン(毎月9日発売)で連載中、
「進撃の巨人」のネタバレ感想ブログです。

ネタバレには配慮しませんので、ストーリーを楽しみたい方はご注意下さい。

※フラゲ速報ではありません。本誌発売日の夜に更新することが多いです。

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