人類の生存を脅かす敵は王政府にあり。
兵団によるクーデターを起こして政権転覆を図るため、エルヴィンは密かにピクシスの自室を訪れていました。
生来の変人として有名なピクシスの返答は・・・?
「進撃の巨人」第55話 痛み 別冊少年マガジン 2014年4月号掲載
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ピクシスの部屋で
調査兵団の長・エルヴィンにクーデターの話を持ちかけられた駐屯兵団のピクシス司令。
息の詰まる沈黙の後でピクシスは、いつか王に銃口を向ける日が来ると思っていたと、絞りだすように吐露します。
ただし、エルヴィンの描くビジョンと計画を見極めてからでなければ部下を死に追いやることはできないとも。
ピクシスは意外にも保守的な意見を口にします。
重税や食糧難にあってもなお現王政の統治へ不満を持つ民衆は思ったほど多くはなく、口減らし作戦として悪名高い領土「奪還」戦の後も暴動などは起こっていないとのこと。
人類同士で争っていては滅亡することになると民衆は知っているため、ギリギリまで身を削って耐えることができる…。
ピクシスは常々、追い詰められた人間の集団がどう行動するかについて口にしています。
エレンに対しては「共通の脅威を前にした時に人間は争いをやめる」という説をどう思うか尋ねていました(エレンはあくびが出ると返答)。
トロスト区壁上の大演説では、これ以上領土が失われれば人は人同士の争いによって滅ぶ、ゆえにここで戦って死んでくれと兵士たちに述べました。
彼が見てきたのは巨人ではなくあくまでも人間社会。それは内地を預かる駐屯兵団の司令として至極当然と言えるでしょう。
ピクシスは続けます。
今の王家は2000年以上続くとされ、壁内へ追い込まれる以前から人類を統治していた生存と繁栄の象徴。
それを武力で惨殺し人間同士の諍いを招いた者を民衆は支持するか?
少なくとも王政派の貴族や民衆との激突になり内戦が起こるのは間違いなく、エルヴィンにそれを回避する知恵はあるのかと問うピクシス。
もしエルヴィンが単なるドンパチで我を通したいだけなら、ピクシスは治安維持の職責を持ってエルヴィンを拘束し裁きにかける覚悟です。
エルヴィンの父親
エルヴィンは無血革命の切り札を伏せたまま昔話を始めました。
それは彼がまだ子供の頃、教師である父の学校へ通っていた頃の話。
子供であった彼は歴史の授業で「あること」を質問しますが、父親は教室でそれには答えず自宅へ戻ってから授業の続きをします。
それはエルヴィンだけでなく、我々読者もかねて不思議に思っていた疑問への回答でした。
王政の配布する歴史書には数多くの謎と矛盾が存在する。
巨人発生以前の文献など残っていなくても、壁に入ってきた世代が子供へ語り継ぐことはできるはず。
なのにこの世界では完全に壁外の情報は秘匿され、不自然極まりない。
ゆえに当時壁内へ逃げ込んだ人間は王政府によって記憶を改竄されている可能性が高い…。
問いかけの文言は明らかになっていませんが、恐らく「巨人に襲われる前の記録はどうして残っていないのか?」といった類でしょう。
素直な問いを発した子供のエルヴィンから見ても父親の仮説は突拍子もない妄言のように思われましたが、それを面白半分に近所の子供に話していると憲兵に見咎められます。
そしてエルヴィンが話の詳細を伝えたその日のうちに父親は行方不明に。
後日、なぜか遠く離れた街で父が事故死したと知らせが入り、エルヴィンは父の仮説が王政にとって都合の悪い事実に触れているのだと確信します。
以来、その仮説を証明することが彼の生きる目的となっていったのです。
アニやヒッチらの上官たちのせいでサボっている印象が強い憲兵団ですが、実はゲシュタポも真っ青な情報統制と実力行使をやってのけている事が垣間見えます。
こうして考えると、幼少期のアルミンやエレンがご禁制の本(壁外の世界について書かれた書物)を読んでいても無事だったのは幸運でしたね。
ちなみにアルミンの両親は口減らし作戦で死亡したとされていますので、シガンシナ陥落までは普通に暮らしていたのでしょう(アニメ版では壁外へ行ったことになっていました)。
そしてエルヴィンはその目的を胸に秘め調査兵団のトップとして遠征を繰り返していたのですが、女型やエレンの「叫び」による不特定多数の巨人のコントロールを目の当たりにし、巨人の咆哮が生物の意識に広く影響を与える可能性を見出します。
さらにコニーの生家があったラガコ村の様子から人間が巨人になると推察され、巨人を操れるのであれば人間も操れるのではないかとエルヴィンは考えているようです。
さて、これは興味深いファクターです。
壁内の歴史が改竄され、人間たちがそもそも壁の起源や世界の成り立ちを忘れているとすれば、「107年前に巨人が発生して人類が最後の砦として壁内へ逃げ込んだ」という世界設定そのものが事実無根のデタラメであってもおかしくありません。記憶や記録が全て嘘でもいいという条件なら、物語の書き手はどんな設定でも自由に作ることができます。それこそ実験施設のように隔離されているが海の向こうは普通に文明社会が存在しているといった設定が矛盾なく簡単に実現できるのですが、使い方によっては夢オチ並みに興ざめするギミックであるのも事実です。「今までの出来事は全て幻だ、いつから自分が戦ってると錯覚していた?」なんてことをやられると真面目に読むのがアホくさくなりますからね。諫山先生のシナリオが非常に楽しみです。
巨人の叫びで集団洗脳ができるというのはいささか「何でもあり」すぎてこれまでの色々な考察が全て水泡に帰す可能性が出てきましたが、当ブログではこのような事態をあらかじめ想定して特に何も考察していないので被害はありません。良かった。
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隠された真実
王政が歴史や記憶を改竄していると結論づけたエルヴィンですが、それと無血革命とはどのような因果関係があるのでしょうか。
それはリヴァイらに捕らえられた中央憲兵・サネスとラルフが拷問の末に教えてくれました。
今の王家は本当の王家ではない。
正当な血脈はレイス家に受け継がれていると。
エルヴィンはクリスタ…ヒストリア=レイスを女王に擁立し、正当な王位継承を御旗に革命を成し遂げる腹づもり。
これが彼の切り札、無血革命を成し遂げる唯一の方法です。
つづく
おまけ 拷問の様子
リーブス商会の手引きによって捕らえられた憲兵たちがその後どうなったか…。
今回はハンジとリヴァイの拷問ショーをお楽しみ頂けます。
まず、ニック司祭が受けた拷問コースを再現。
椅子に縛り付けたサネスの両手の爪をペンチで引っこ抜き、全部剥がし終わってから拳による殴打。
しかしサネスは意外とタフで饒舌。ペラペラと自分語りする余裕も見せます。
曰く、壁の平和は憲兵団が汚れ仕事を請け負っているから守られている。
調和を乱す者は不穏分子として処分してきた。
その不穏分子のイメージの中にはエルヴィンの父親と、ヒストリアの母親の姿がありました。
エレンの父親がいなくて安堵。
自由な言論や技術の研究を排除し、壁の中を今の姿のまま留めておくことで平和と調和を守ろうとした憲兵団。
読者の俯瞰視点で見れば家畜の安寧、虚偽の繁栄といったところでしょうか。
サネスがひと通り語ったところで、リヴァイがハイハイお疲れさんとばかりに拷問の「本番」へ取り掛かります。
リヴァイが発した質問はレイス家について。
単なる田舎貴族でしかないレイス家がウォール教に強い影響力を持ち、妾腹のヒストリアでさえ巨人の秘密を知り公開する権利を持つとはどういうことか。
歯をペンチで抜かれても口を割らず、己の矜持に殉じる覚悟を決めたサネスの姿を見てハンジらは作戦を変えます。
サネスを監禁した部屋の前に連れて来られたのは同じく憲兵団のラルフ。サネスからはその姿は見えず声しか聞こえません。
ラルフは王に義理立てするサネスを暑苦しくて迷惑、さっさと死んでくれたほうがいいとまで言い放ちます。
自分はさっさと話すからベッド付きの部屋に入れてくれと請うラルフの声を聞き、サネスは自分の決意が脆くも崩れ去るのを感じて目を閉じました。
実のところ、ラルフは首元へナイフを押し付けられ準備したセリフを読まされていただけですが、サネスの心を折る効果は十分にあったようです。
翌日、ハンジとリヴァイが改めて拷問準備のために部屋へ入ると開口一番、サネスは自らレイス家が真の王家であることを告げたのでした…。
今回で印象的なのは拷問されるサネスのセリフ。
「お前ら化け物だ!!巨人なんかかわいいもんだ!!」
小さなコマでのさりげないセリフですが、この漫画は結局このテーマに帰結するのでしょう。
最初は理不尽な暴力の権化・絶対的捕食者でしかなかった巨人ですが、それを生み出したのも操っているのも人間で、その脅威は背後の人間の思惑を実現するための手段にすぎない。
誰かがそれを願ったから巨人は生まれ、誰かが何も知らない人類を襲わせている。
その理由は単なる悪意や破滅願望でないことは確かで、むしろ終末戦争から逃れるために行動しているような節さえあります。
最後は人と人との争いになる。
綺麗事では片付かない、全員救う都合のいい方法がないという現実に直面したとき、この作品が主人公にどんな決断をさせ、読者にどのようなメッセージを残すのかは大いに興味があるところです。
誰かの自己犠牲で皆が救われるような薄いエンディングだけは見たくないと願っています。