マーレに革命をもたらすべく秘密裏に何事かの準備を続ける、タイバー家当主・ヴィリーと戦士隊隊長・マガト。
迫る演説セレモニーの刻限を前にして、負傷兵を装いレベリオ区に潜伏していたエレンがついにライナーと邂逅する。
過ぎ去った4年の空白を埋めるため、2人は今まさにどんな言葉を紡ぐのか?
戦火を伴う変革の前の静けさは、ここに終わりを迎えようとしていた…。
進撃の巨人 第99話 疚しき影(やましきかげ)
別冊少年マガジン 2017年12月号(11月09日発売)掲載
再会
ライナーとエレンが人の姿で言葉を交わすのはいつ以来でしょうか。作中ではエレン誘拐に際し巨大樹の森で休憩していた場面が最後です。
なぜ?どうやって?当然の疑問とショックからライナーは呆然とし、軍人としてあるべき危機対応は全くできません。
二人が対面した場所は地下室で、上階は集合住宅となっており、窓から広場の演説セレモニーを見ようと大勢が待ちかねています。エレンは右手を切って出血しており、それをライナーに見せると、椅子に座るよう静かに促すのでした。
ここで巨人エレンを暴れさせるわけにはいきません。一般人を人質に取られた格好のライナーは冷や汗を垂らし、狼狽しきり。椅子をきしませ、ゆっくりと腰を下ろします。
二人の雰囲気を訝しみながらも退出しようとしたファルコをエレンが留めました。彼は若き戦士候補に何を伝えたいのでしょうか?
しばしの沈黙の後、ライナーがカラカラの喉でひねり出したのはエレンの目的を問う言葉。かつての同期はにべもなく「お前と同じだよ、『仕方なかった』ってやつだ」と答えます。自分の暮らしを守るためには、同胞以外を滅ぼすことも不可抗力だ…。そう言っているように聞こえますね。
そうこうしているうちにタイバー公による演説会の幕が上がり、ミュージカルが始まりました。歓声と楽器の音が、エレンたちがいる地下室の小さな明り取りの格子窓から響いてきます。エレンとライナーは向き合って座ったまま、そしてファルコは事情が飲み込めないまま地下室の壁際で、タイバー公のセリフに耳を傾けるのでした。
タイバー公の演説
演説が始まる少し前。観覧席では、ライナーの母とアニの父が並んで座っていました。この席に座れるのはマーレ人と名誉マーレ人に限られているらしく、それを無碍にするのも恐れ多いと、アニの父親は不自由な脚を押して参席しているようです。
二人の会話から、最近になってベルトルトの親が亡くなったことが分かります。ベルトルトは始祖奪還作戦に失敗してKIAとなりましたが、一応名誉の戦死として扱われているらしく、親も最期までマーレから手厚い福祉を受けていたようです。ライナーの母が戦士隊と名誉マーレ人の制度を憎からず感謝を持って受け止めていることが口調からうかがえます。
マーレのために戦って死ぬことをやや美化しているようなきらいがあるライナーの母に対し、アニの父親はいくぶんクールで、娘の帰りをまだ信じて待っています。作中でアニは結晶化した後いっさい消息不明となっていますが、いい加減そろそろ出てきてくれないものか…。
さて、「劇場」に集まったのは何も戦士の身内だけではありません。マーレ正規軍のお偉方、各国の大使や名家の歴々、マスメディアもズラリと首を並べています。これも過去巨人大戦を制し、世界のキャスティングボートを握ったタイバー家の影響力がなせる業というわけです。
ヴィリー・タイバーが語るのは、今から100年前の昔話。今の世に巨人大戦として語られる出来事の、伏せられてきた1つの真実です。
巨人大戦は「9つの巨人」を持つ家同士の争いに端を発します。潰し合う巨人たちを横目に漁夫の利を得る形で、マーレ人の英雄ヘーロスはタイバー家と結んでこれを制し、145代フリッツ王をパラディ島へ放逐することに成功。それが今日へいたる大国マーレの礎となったわけです。
しかしパラディ島へ逃れたフリッツ王家は長きに渡る潜伏で巨人戦力を蓄え、いつなんどき大陸へ侵攻してきても不思議ではない。事実、始祖奪還作戦は失敗し、パラディへと派遣した調査船もすべて沈められている。パラディ島のエルディア人たちは、世界にとって今そこにある危機なのだ。これが巨人大戦から現在までマーレで語られてきた歴史です。
しかし。
「戦鎚の巨人」が受け継いだ記憶を知るヴィリー・タイバーは、その歴史が偽りであることを告白。巨人大戦を終息へ導いたものこそ、フリッツ王家が掲げた「不戦の契り」に他なりません。
長き戦乱に疲弊したカール・フリッツはタイバー家と密約を結び、ヘーロスを擁立して自らの敗戦をでっち上げ、残されたエルディア人を引き連れてパラディ島へ渡りました。そして歴史的にエルディアが犯した罪を苛み、いずれマーレがパラディ島ごと滅ぼそうとするのであれば、それを潔く受け入れるという無抵抗主義を掲げたのです。いつマーレに滅ぼされるかわからないが、その時まで壁の箱庭でつかの間の安寧を享受したい。それが145代フリッツ王が至った「不戦の契り」であり、壁の王家が領民に歴史を偽った理由であり、ヒストリアの「おねえちゃん」フリーダが自分たちは罪人だと断じた根拠というわけです。
これは要するに、巨人大戦を終わらせマーレ復興を導いたのはフリッツ王家の功績であり、現在マーレや周辺国で信じられているヘーロスの英雄譚は自作自演のでっち上げだと告発したことになります。他愛もない妄言だと笑い飛ばすには、それを語る人物があまりに大物すぎました。混乱する聴衆。
その反応をひとしきり待って、タイバー公は続けます。平和を願い「不戦の契り」を守るフリッツ王家から、「始祖の巨人」を強奪した不逞の輩がいる。その者のせいで、世界は今ふたたび戦乱の危機に晒されているのだと。
世界の敵として自らの名が呼ばれるのを、黙して聞く地下室のエレン。父がエルディア復権を願いレイス家から奪った始祖の巨人。それを勝手に継承させられたせいで、寿命は縮むわ世界から憎まれるわロクなことがないわけですが、彼は今何を思ってこの演説を聞いているのでしょうか…。
不審な兵士
演説が始まる直前、観客席で待つ戦士隊にマガトからの呼び出しが入りました。ポルコ、ピーク、ジークの3人が伝令の兵士に先導され、人通りの少ない方へ連れ出されます。途中なぜかジークだけ別の行き先を指示され、ポルコとピークが兵士の後をついて歩きます。
この兵士の顔をどこかで見た気がする…。ピークは何かを察知し兵士に質問しますが返事は冷たく、それならばと通りがかった顔なじみの一般兵にやや唐突なハグ。おそらく不測の事態に備えて何か仕込みを行ったものと思われます。メモを書けるような状況ではないので、危機を知らせる合図の物品か。
そのまま誘導された家屋で落とし穴にかけられ、ポルコとピークは床下に開いた穴へと真っ逆さま。叫び声が尾を引き着地音が聞こえなかったことから考えて、相当な深さの竪穴です。なぜこんな罠が…?
兵士の素性も目的も知れぬまま、次回へつづく。
いまだ見えぬタイバーの意図
ヴィリー・タイバーがどこまで真実を知っていて、どれだけ本当のことを話しているのかは現時点では不明瞭です。
エレンを悪役に仕立ててパラディ島脅威論を改めて唱え、始祖奪還の必要性を説き、作戦を見事に完遂せしめたとして、それはマーレ軍部が企図したシナリオと大差ありません。現体制の改革を目指すマガトとコソコソ密談する必要がないのです。
彼はかつてマガトにこう言って手を差し出しました。マーレには再びヘーロスが必要だと。
今回の演説で語られたことが真実だとするならば、ヘーロスはお飾りの神輿に過ぎません。戦争を終わらせたのはフリッツ王とタイバー家であり、マーレの実権はタイバーが握り、それでいて巨人殺しの英雄として拍手を浴び続けなければならなかった虚仮の存在。かっこいい銅像にまでされて、さぞ楽しくない人生だったことでしょう。
そんな「役者」が再び必要であるとは、どういう意味なのでしょうか。大きな秘密を背負い、大衆を欺いたまま死ぬことで平和をもたらす役回り。本当の人生を歩むことは許されず、歴史の礎として永劫、嘘のまま語られる存在。 ヴィリーがエレンをヘーロスにしたがっているとは、僕には思えないのですが…。
マガトらはエレンたちパラディ島勢力を「ネズミ」と称し、マーレ変革の障害と認識しているのは事実です。マガトは目指す理想の形こそ現軍事政権とは違いますがマーレの健全な発展を願っていることには変わりありませんし、ヴィリーはヴィリーでマーレとエルディア双方の平和的な着地点を探している。そこへエレンたちが潜伏からの軍事行動に及んだ場合、余計なことすんじゃねー!となります。
潜入したエレンの目的もヒストリア女王の方針もまだ分かっていないのですが、今回のエレンの口ぶりからして、世界の真実を知ったからと言ってライナーたちマーレ戦士隊の罪を水に流すような雰囲気ではなさそうです。
戦士たちがパラディ島へ送り込まれた経緯についてはエレンも子細まで理解したようですが、表情からして「知らなかったならライナーたちは悪くないよな!マーレの洗脳が悪い!」と続ける感じには見えませんよね。エレンは表面的には冷静ですが、内心どう思っているかわからず不気味です。ファルコを同席させている理由もわかりません。
ただ、心身とも成長してエレンが大人になっているなら、感情と理屈とを切り離して大局のために私心を抑えることはできると思いたい。少なくとも昔のエレンのように、ライナーができるだけ苦しんで死ぬように努力する…なんてことにはならないのではないでしょうか。
ライナーはかつての罪に怯えており、もしかするとエレンに断罪されることが救いであると考えるかもしれません。寿命が近いせいもあり精神的に不安定な描写が多いですから、エレンの揺さぶり次第では大胆な行動を起こすことも考えられるでしょう。
ヴィリーが導く、たった1つの解決策とは何か。彼が奏でる世紀の演説は、次号へと続きます。