地下室に残されたグリシャの手記によって、ついに明かされた壁の世界の仕組みと勢力図。
グリシャの長い回顧録はまだ終わらず、シガンシナ崩壊の日に至るまでの道程を語り続ける。
そして今回は、ある巨人の正体が紐解かれることとなった…。
進撃の巨人 第87話 境界線
別冊少年マガジン 2016年12月号(11/9発売)掲載
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密告
エルディア残党による反マーレ運動の旗振り役、レジスタンス。その中核にいたのが青年グリシャと、王家の血を引く妻ダイナでした。彼らは長男ジークをマーレ政府が募集・育成する特務部隊、俗称「マーレの戦士」として潜入させ、自分たちの手駒として反政府活動に利用する計画でいました。
しかしグリシャ夫妻はマーレ憎しの妄執からか、ジークに親子としての愛情を注ぎ忘れ、過度なプレッシャーを与えすぎてしまいます。その結果ジークは両親に反発し、抑圧から逃れるために密告という手段を選んでしまいました。
ジークは自我が確立して反抗期に及ぶには少々若すぎます。小学校低学年くらいであれば親はまだ自己の延長で絶対的な存在と言え、自発的に親を排除する行動はなかなかに早熟。ジークが幼さゆえに、密告した後の両親の処遇については無知であったとするなら、もしかすると悪気があってしたことではないのかもしれません。まあ作中で当時のジークはそんな無邪気な表情では描かれていませんね。よくある「教育ママの人形にされて目が死んでいる優等生」的なアレです。
「マーレの言うことは信じてはいけないが、表面上は従わねばならない」という器用な振る舞いを我が子に要求したグリシャの表情には慈愛の欠片もなく、ジークがこの物語の主人公ならば確実に「過去に囚われて期待を押し付けるダメ親」というポジションであったでしょう。グリシャは逮捕されて初めてそのことに気づき自省しているので、まだマシな方ですが。
その後ジークは名実ともにマーレの戦士としてエリート教育を受け、(自発的か教育されたのかは分かりませんが)グリシャを憎み、加害者だとみなすように育っていったはずです。その末に出た発言が「グリシャからエレンを救いたい」ということなのでしょう。この利発そうなかわいいお坊ちゃんが、あの飄々とした獣の巨人へと変貌するのだから人間わからないものです。
↑サルのおもちゃで遊ぶ幼年ジークと、成長したジーク。巨人の外見は当人の記憶や好みを反映するのか…?
さて、マーレ当局に捕縛されたグリシャは凄惨な拷問を受けていました。
当局には「フクロウ」と呼ばれるレジスタンスの内通者がいます。これは単なるチクリ屋ではなく、体制側にいながら反政府組織を立ち上げた功労者とのことで、当局は面子にかけて誰なのかを吐かせたがっているようです。
グリシャはレジスタンスの中心的存在だったように見えますが、組織発足時からの古参ではなく比較的新顔にあたり、フクロウの正体を知りません。裸で椅子に縛り付けられ、手の指をハサミで5本ほど切り落とされて泣き叫ぶグリシャ。拷問は時間切れとなり、グリシャは目隠しをされ楽園送りの護送船へと積み込まれます。
ちなみにこの時に外洋を渡った輸送船は外輪蒸気船。航空技術に比べるとちょっと旧式かなと感じさせるものの、囚人を運ぶために退役したロートル艦が回されていると考えれば大きなズレはなさそう。
パラディ島
マーレの東に浮かぶ「楽園」、パラディ島。巨人大戦に敗れたエルディア王が残党とともに逃げ込んだ最後の領土であり、マーレが罪人の流刑地として利用している土地。船着き場と内陸は高さ30mほどの防壁で隔てられており、壁の内側はふかふかした砂地になっています。
海抜がマイナスに見えるのは多分錯覚。
マーレの法では重罪人は薬物注射により知性のないモブ巨人にされ、この島で永遠に人間を喰らいつづける終身刑に処されることとなります。なかなかコストがかかる処刑方法ですが、エルディアの勢力を封じ込めておく効果を狙っているとするには少々不自然。なぜならエルディア王家は「始祖の巨人」を擁しており、その気になればモブ巨人たちを従えることが可能だからです(実際エレンがやってみせたように)。つまり敵の足元に利用できる兵力をどんどんプレゼントしているようなもので、このリスクを看過するのはいかがなものかと。
ただし作中で「巨人は海に近づかないようになっている」との発言があることから、始祖の巨人でも上書きできない最上位の命令として海を忌避するプログラムが仕込まれているのかもしれません。それならば少なくともエルディア軍が巨人たちを率いて渡海しマーレへ攻め込んでくる事態は避けられることになり、エルディア王もそれを承知しているから巨人を利用しなかったのか。
ただそれならそれで巨人を隷属させて土木工事や物資の運搬など平和的に活用する道も考えられますが、姿を変えても元同胞であるからには倫理的にそれが叶わなかったのでしょうか。調査兵団が巨人をぶっ殺していることは看過しているのに…やはり初代の壁の王の思想は不鮮明です。記憶を継承したフリーダは自分たちが罪人だと言っていた。これはエルディアが被征服民に行った民族浄化政策を指していると考えられますが、その史実はマーレのプロパガンダである可能性も指摘され、歴史の真実は謎。
初代の壁の王は「始祖の巨人」を持ちながら、なぜ争いをやめて島に囚われることを選んだのか。真実の歴史を隠し、臣民を壁に留めた理由。フリッツ家からレイス家へ王位が移譲された経緯。このあたりの背景を踏まえ、エレンたちが世界に対してどんなスタンスを取るのが楽しみなところです。
それは置いといてストーリーへ戻りましょう。
グリシャらの処刑を担当するのは因縁の相手、飛行船を見たあの日にグリシャ兄妹の運命を弄んだチョビヒゲの官憲。名はグロス曹長です。さらに幼いグリシャを「制裁」したもう一人の官憲・クルーガーも付き添っています。
グロスの命令により壁上に並べられた罪人たちは一斉に注射を打たれ、遥か下の砂丘へ突き落とされます。数瞬の間をおいてレジスタンスの同胞たちは光とともに大小様々な巨人となり、楽園での新たな人生(?)を歩み始めました。\ドスドスドス/
怒号を飛ばすグリシャを鬱陶しがるグロス曹長でしたが、グリシャを拘束するクルーガーはまだ尋問が済んでいないとして処刑を保留。次に連れてこられたのはグリシャの妻・ダイナ。
ダイナに流れる王家の血を考えればまだ利用価値はあるはずで、なぜここで処刑されるのか分からないグリシャは当惑し抗議。しかしその訴えはクルーガーによって力づくで封殺され、グロスへは届きません。
グリシャの抵抗むなしくダイナも注射を打たれて巨人化。その姿は、読者にとって初めて見るものではありませんでした。
うすうす予想はしていたのですが、カルラとハンネスを食い殺したあの女型巨人。エレンにとって直接的な仇と言える巨人の正体は、グリシャの前妻、ダイナだったのです。
前回を読んで多分そうだろうと思ってはいたんですけどね…。
彼女がエレンにとって象徴的な障害として現れ、そしてまた絶望の淵から彼が立ち上がる契機として描かれたことに改めて深い感慨を抱かずにはおれません。ダイナからすればエレンは愛しいグリシャが自分を忘れて別の女と作った子!これを知った後で1巻から読み返すとさらに面白い。この漫画ほんと最高や!
ダイナが巨人へ変貌する様を見て泣き叫ぶグリシャ。それに呼応して絶叫とともにベッドから飛び起きたのはエレンです。
今は時系列でいうとシガンシナから帰還した後、リヴァイに刃向かった軍規違反により懲罰房にぶち込まれています。エレンに引き継がれたグリシャの記憶が呼び起こされています。
ここでエレンはグリシャと自分の記憶が混濁して一人称が「私」になっており、グリシャの人生を追体験して泣いています。これは第1話の冒頭でエレンが長い夢を見たような気がすると言って泣いた場面と通じるはずですが、当時のエレンは巨人化能力を持っていないので記憶を引き継いでいたとは考えにくい。なのでここに何かもう一段の仕掛けがあるはず。タイムリープやループ世界の線は薄くなってきたと思いますが…。
なお、同じく上官反逆行為で隣の房に収監されているミカサの寝起きがすごいことになっていて一見の価値あり。めっちゃかわいいですぞ!
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フクロウ
巨人となったダイナもまたいずこかへ歩み去り、残った囚人はグリシャともう一人だけ。 ここからはグロスの長いご高説ターン。おなじみ諫山節です。
残酷な処刑をして心は痛まないのか、と問われたグロスがグリシャに答えて曰く。
エルディア人は潜在的に巨人の性質を持ったバケモノであり人間と同種の生き物ではないから心は痛まない。そもそも歴史によれば侵略をしかけ民族浄化を行ったのは古エルディア帝国であり、マーレは征服され長い間虐げられた。立場が逆転した後の報復を非難されるいわれはない。そしてまたエルディア復権の計画が成った場合、レジスタンスはマーレ人に何をするつもりだったのか。残虐な仕打ちをもって同じ歴史を繰り返すつもりだったのではないか、と。
グロスの嗜虐趣味はともかく、最後の問いは重いですね。ナショナリズムに陶酔した若きグリシャたちがクーデターに成功し実権を握ったなら、ここぞとばかりに復讐を果たしたであろうことは想像に難くないからです。自分の身内を殺した相手を戦争で負かして処遇を好きにできるとなった時、「暴力は何も産まない。武器を捨てて手を取り合おう…」なんて言える人ばかりではありません。現代の地球でも過去に囚われた戦争はなくならないのに、まして前時代の社会にそれを求めるのは酷というものではないでしょうか。
痛いところを突かれ答えに窮するグリシャは、マーレの歴史は捏造でグロスは嘘つきだと罵ることしかできません。退屈な反応に愛想を尽かしたグロスはグリシャを巨人に食わせようとしますが、次のコマで壁上から空中に身を躍らせていたのはグロス自身でした。砂地へ転落し、待ち構えた巨人にゆっくりと顔面から食い破られるグロス。死亡確認!
グリシャを庇って反逆行為を行ったのはクルーガー。
驚くグリシャにクルーガーは自分がフクロウだと明かし、混乱して駆けつけてくる兵士たちを横目に、グリシャへ巨人の力の使い方を覚えておけと言います。そして自らの左手をナイフで切り、ページをめくったそこには…元気に輸送船を担ぎ上げてバックブリーカーを極める巨人クルーガーの姿が!
突如出現した巨人へ慌てて小銃を向ける兵士たちと、後ろ手に縛られたまま呆然とそれを眺めるグリシャ。クルーガーがここで巨人化した意図とは? グリシャはどのようにして巨人化能力を獲得するのか?
つづく。
巨人化できるのはエルディア人だけ
前回は気が付かなかったのですが、どうやら巨人化薬を注射しても巨人になれるのはユミルの民(エルディア人)だけらしいですね。なぜマーレが自民族から戦士を選ばずエルディア人から募集したのか納得が行きました。そもそもマーレ人は巨人になれないからです。
つまり始祖の巨人が持つ記憶干渉能力もマーレ人には通じないということであり、壁の中で「東洋人」など異民族に王家の支配が及ばない理由もここから推察できます。
フクロウの真意
今回の謎はレジスタンス設立の立役者・フクロウことクルーガーの真意。
彼は巨人の力を持っているユミルの民、人種的にはエルディア人です。グロス曹長と互いにタメ口であり指示を平然と拒否していますから同じ階級であるらしい。一兵卒からの叩き上げ(いわゆるノンキャリ)としては出世した部類でしょう。
マーレ当局によればフクロウは「エルディア復権派を組織していた」とのことで、この物言いからするとレジスタンス立ち上げの中心にいたはずですが、表面的なリーダーは若手に譲って自身はスパイに徹していました。グリシャにすら正体を明かしていなかったことから相当に慎重です。
レジスタンスの旗揚げをしたはずのクルーガーですが、エルディア王家の生き残りであるダイナには忠誠心のカケラも見せません。グリシャの自白調書を改竄しダイナが王族であることを上に報告せず、グロスによるダイナ処刑を目の前で看過。ダイナが利用されるのを恐れたのか、ないしもっと大きな目的のために目先の損切りに徹するのかと思いきや、土壇場でグリシャに正体を明かし自ら巨人化、輸送船を破壊したことから帰郷を放棄して大勝負に出たものと思われます。レジスタンスはフクロウを失うことになりますが、主要なメンバーがほぼ全員逮捕され活動継続が困難なのでしょう。
巨人クルーガーは今回1コマしか描かれていませんが、巨人エレンに似ています。「巨人は海に近づけない」とグロスがのたまっていたものの能力持ちは関係ないらしく、普通に海に浸かってますね。また船や人間との対比から見るにかなりの大型サイズ。30mの壁から頭が出そうです。
(メモ)巨人ダイナの顛末
シガンシナ区襲撃時に登場。
知ってか知らずか、グリシャの現地妻・カルラを握りつぶして捕食、殺害。(1巻)
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誘拐されたエレンをミカサが助けて鎧から逃げる途中、落馬した二人の前に出現。救援に駆けつけたハンネスを捕食し殺害。
直後、エレンが無自覚ながら座標の力により他の巨人を操って攻撃、モブ巨人の群れに食い散らかされて死亡。(12巻)