「あの日奪われたシガンシナ区を奪還せよ」。
調査兵団は世界の真実が隠されたシガンシナ区エレン生家の地下室を目指す。
エレンらの前に立ちはだかるのは「獣の巨人」率いる巨人の群れと、かつて同じ釜の飯を食い死線をくぐり抜けた戦友、ライナー・ブラウン。
存続か、絶滅か。この一戦にはそれだけの意味がある。現有戦力を全て投入した調査兵団、そして新兵器「雷槍」はどれほどの活躍を見せてくれるか…。
進撃の巨人 第76話 雷槍
別冊少年マガジン2016年1月号(12月09日発売)掲載
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エルヴィン
獣の巨人は雑魚巨人をけしかけて調査兵団の馬を狙い、戦地からの脱出を封じる構えを見せています。
馬を一箇所に集めないよう新兵たちがその手綱を取り、そこにはマルロの姿もありました。初めて経験する巨人との実戦に負傷する者も多いようです。
エルヴィンの命により彼らを援護するのは小旋風リヴァイ。並みの雑魚巨人では人類最強を謳われる兵長の前になすすべなく、己が絶命したことすら認識する猶予もなく地に伏します。
「弱ぇ奴はすぐ死ぬ 雑魚は嫌いだ」
リヴァイお得意の照れ隠しです。ポルナレフの「迷惑なんだよ…」に近いものがありますね。彼一人で新兵のカバーのために相当広いエリアを跳びまわっているらしく、息が上がっています。見やった壁上には、一人泰然と構え眼下を見渡すエルヴィン団長の姿がありました。
乱戦の様相を呈するシガンシナ区の内と外。その双方を把握できる場所からエルヴィンは遠く獣の巨人らを見やり、その頭は感情的にならず冷めています。
エルヴィンはそもそも、教師であった父を旧王政の息がかかった中央憲兵によって暗殺されたことがきっかけで世界の秘密に執着するようになり、本心から言えばその個人的な探究心のためにここまで隊を率いてきたという人物です。
平和や政治のためでなく、強いて言えば個人の趣味の領域。そのくせ悪魔的に頭脳明晰で、人心掌握にも長けていたという結構タチの悪い男なのでした。
そんな彼が執心した個人的な目的である「世界の真相」にここまで肉迫し、さらに迎え撃つ巨大な敵と対峙してエルヴィンの心はさぞ昂ぶっているのだろうと思いきや、その顔はいたって平静でした。
エルヴィン団長の胸を去来しているのはこれまでの歩み。自分がこだわり続けた夢のために多くの隊員を犠牲にし、その累々たる屍の上に立つ己の姿です。その点で彼は眼前の脅威についてどこか他人事で、すでに自分の身や命には囚われていないように感じられます。
片腕を失い、白兵戦となればこの作戦で命を落とす危険はかなり大きい。だからこそこれまで犠牲にしてきた者たちへ想いを向け、最期の瞬間に自分の命をどう使うべきか考えている。そんな佇まいとモノローグでした。
ただ、願わくば。
死ぬ前に地下室をこの目で見たい。静かな表情でエレンの戦いを傍観するエルヴィン。焦りや興奮は見られません。達観というべきなのか、諦念なのか、それとも覚悟が完了した人間はこうなるのか。
舞台はエルヴィンの視線の先へと移っていきます。
硬質化パンチ!
巨人化したエレンと、鎧の巨人・ライナーの格闘戦は本格化していました。
硬質化を発揮した鎧の巨人には打撃や斬撃が通らず、関節技や締め技で肉体の自由を封じる戦法が中心になると思われましたが、ここでエレンの新必殺技がお目見えします。その名も硬質化パンチ!
ライナーのように硬質化を全身に張り巡らせるのではなく、拳の甲一点に能力を集中させることでその硬度を劇的に高め、しかるのち鉄拳にて制裁をぶちかますという仕組みです。ハンターハンターでオーラを操る時の基本技能、「凝」(ギョウ)と「纏」(テン)のような関係だと思えば分かりやすいでしょう。
かつて女型の巨人が両目を潰された時に、片目だけ先に治したことを思い出した方もいらっしゃると思います。理屈は単純ですが、体のどこか一点に意識を集中させることでその部位を活性化させるのは巨人化能力に共通する特性なようです。
逆に言うとライナーはその辺りがやや不器用なのかもしれませんし、もしくは巨人のタイプによるスキルセットの差異で、鎧タイプは元からそのような使い方を想定したデザインがされていないのかもしれません。
いずれにせよこれまで無敵を誇っていた重鎧はエレンの硬質化パンチにより脆くも粉砕され、拳を打ち合うたびにまるでウェハースの如くライナーの皮膚が割れ、崩れていきます。クロスアームブロックの上からストレートを撃ちぬくエレンの対人格闘技術があってこその必殺技ですね。
訓練時代、アニは対人格闘なんてやったところで巨人には対抗できないと言っていました。それは本心だったのでしょうが、今こうしてエレンが「人間として磨いた技術」をもってライナーをボッコボコにしているのは、努力が報われてレベルアップした帰結としてカタルシスを得られるものだと思います。
とは言え鎧を割っただけではいずれ再生しますし、ライナーの体力を削ることはなかなかできません。組みつきからの投げをもらい、逆にマウントポジションを取られてしまったエレン。当たれば月面まで吹っ飛びそうな右の大砲を放つライナー。まだまだ元気です。
新兵器・雷槍
エレン劣勢と見るや、ハンジ率いるミカサら雷槍部隊が周囲に展開。ライナーを取り囲みます。チャンスは一度。そのタイミングを作るのがエレンに課せられた役割でした。
エレンはライナーの隙を狙い腕を取って投げ返し、一旦距離を離します。ハンジが待っていたのはこの瞬間。
立体機動装置のブレードでは傷一つつけられることはない、迫る兵士たちをまるでコバエのように侮ったライナーを待っていたのは、初めて目にした兵器による穿孔・爆破攻撃でした。
「雷槍」の正体は立体機動装置を発射台へ転用した徹甲榴弾。自動的に起爆するのではなく、ワイヤーを引き抜くことにより手動で爆破させる仕組みです。「雷」の文字から電気を想像しましたが、壁の世界にはエレキテルはまだ早かったみたいですね。雷が落ちたような威力だから雷槍らしいです。ハンジさん説明乙。
ミカサとハンジが放った雷槍の尖った先端部がライナーの眼球に刺さり、その後内部から炸薬による爆破で大穴を開けます。哀れライナーは一瞬で視界を奪われ、脳震盪を起こしたのか動きが停止。
そのチャンスを逃すなとばかりに一斉に飛びかかる104期ほか調査兵団の主力部隊。ジャンが、コニーが、サシャが。鎧の巨人のうなじ目掛けて雷槍を集中放火からの一斉起爆。装甲を破壊しうなじの肉を露出させることに成功します。
「とどめを刺せ!!」
ハンジの叫びに戸惑いを見せるコニーとサシャ。今眼前でもだえ苦しんでいるのはかつて共に死地を駆けた仲間です。
もしかしたら。ライナーが改心してくれるのでは。
そんなコニーや読者の甘さを叱咤したのは、自身もまた甘さゆえに死にかけ、アルミンの銃弾に救われたジャンでした。
やるしかない。再び雷槍の一斉攻撃です。露わになったうなじへと何本もの雷槍が突き刺さり、その瞬間意識を取り戻したライナーが「待って――」と何かを言いかけるのを待つことなく起爆。轟音と共に爆ぜる鎧の巨人。やったか!?
つづく。
余談:ライナーの奥の手?
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まあ普通に考えてこのままライナーがあっさり退場するわけもなく、どんでん返しがあることは予想がつきます。
ライナーはエレンにマウントポジションを崩された辺りで戦力の拮抗に焦り、「もはやこの手を使うしか―」と腹を括った様子でした。
直後に雷槍攻撃が始まったので奥の手が何かは分かりませんが、いまだ切り札を隠し持っていることは疑いようがありません。そんな手段があるのに最初から使わなかったことを考えると、おそらくリスクやデメリットのせいで可能ならやらずに済ませたい手段なのでしょう。肉体的な負担があるのか、倫理や筋道の問題なのか、誰かの命が失われるのか…。ライナーが窮地になってもベルトルトやユミルは出てきませんので、彼らが関係している可能性もあります。
雷槍の波状攻撃を受け、今号のラストでライナーは「待って――」と何かを言いかけています。これは調査兵団へ向けた惨めな助命嘆願ではなく、自分を助けるために作戦の段取りを無視しかねないベルトルトを止めたのではないでしょうか? 「(俺はまだ奥の手行けるから、お前が出てくるのは)待って」とか。
もしくは作戦失敗と判断し何かの行動を取ろうとしている獣の巨人に対し、「(まだ俺は奥の手出せるから失敗の判断は)待って」と言いたかったとか…。穿った見方でしょうか?
ライナーの性格を考えると自分の身かわいさに命乞いするようなタイプではないので、読者の視点では見えない何かを見た上での発言にも思えますね。次号も楽しみです。