レイスの思惑によって誘拐され拘束されたエレン、エレンの父グリシャの凶行から始まった一族にまつわる秘密を知ったヒストリア、娘に巨人化の注射を行い王の力を取り戻させようとするレイス、そこへ己が王に取って代わろうと野心を抱えたケニーが現れる。教会地下の結晶洞窟でケニーが語った過去のいきさつとは…? これまでの伏線や断片的な過去のエピソードを整理する回。
「進撃の巨人」第65話 夢と呪い 別冊少年マガジン2015年2月号掲載
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アッカーマン家の正体
ケニーが王家と出自の秘密を知ったのは今からだいぶ昔に遡ります。
病床に伏し死期が近づく祖父と、若き日のケニーの会話。ケニーのコートは返り血でところどころに染みができており、日常的に憲兵を殺しているようです。しかし彼が狂った快楽殺人者や反政府のアナーキストというわけではなく、どうやら憲兵が襲ってくるから返り討ちにしているに過ぎない。ケニーはその理由を祖父に問い質します。なぜ自分たちアッカーマン家の一族は王家から狙われるのか? と。
祖父の話は長くセリフの量も多いため箇条書きで要点を整理しましょう。
- 壁の中に住んでいる人類はほぼ一つの血縁である(便宜上この記事では純血と呼ぶ)
- 純血以外の独立したルーツを持つのはアッカーマン家や東洋人の一族などごく小数に限られた例外的な存在である
- アッカーマン家はかつて王家に重用された武人の一門である
- 王家の持つ巨人の力による記憶コントロールは、純血の者にしか効果がない
- アッカーマン家と東洋人の一族は血の違いから記憶改竄を免れ、さらに王政へ反発したため弾圧された
…こうして己の出自を知ったケニーはそれを利用して「盤面をひっくり返す」ことを思いつき、王に支配される駒からパラダイムシフトして盤上を俯瞰できるプレイヤーになろうとします。それから時が流れ、いよいよ自分が巨人の力を簒奪できるとなったタイミングで、巨人の真の力は王族の血脈でなければ発揮できないと知らされる。まったくの道化です。
なおケニーが言うには一族は根絶やし寸前にまで減らされ、(迫害を恐れてか)分家がシガンシナ区へ移住したとのこと。これがミカサの父でしょう。同じくマイノリティとして追いやられた東洋人である妻と結ばれミカサを設けたということになります。ミカサはその辺の事情を聞かされる前に強盗殺人に遭い両親を殺害され、今でも両親が迫害を受けた理由を知りません(2014年12月号 63話より)。
熱心な読者ならここで思い出すのがミカサの刺青、一族伝統の文様です。この刺青が失われた真の歴史に関わるものであることは疑いようがないでしょう。
なおミカサが母から受け継いだ刺青がどんな文様なのか作中では明かされていませんが、アニメ版では表現規制のためか刺青が刺繍に置き換えられており、そのデザインを辛うじて知ることができます。
…何もわからんw 多分見えてるのは裏側だし。
壁の中に住む何万人もの人類が皆同じ氏族という状態は自然なこととは考えにくいので、人為的に選別・養殖され囲い込まれたとするほうが無難な推察です。そして純血の民族にしか巨人の叫びの力は及ばない。巨人の力は何かの基準で選ばれた民族を平和に(ディストピア的に)統治するために生み出されたソフトウェアだったのでしょうか? そして「血統」「一族」という言葉から連想されるのはユミル。「ユミルのたみ」とモブ巨人が呼んだ彼女もまた何か特別な血統を持っていそうですね。
連載当初から最近までは、血統のファクターがこれほど重視されるとは予想していませんでした。「この扉は王族の末裔にしか開くことができない」というようなご都合設定は、生まれや環境に関係なく自分の意思で残酷な現実に立ち向かえというメッセージにそぐわないのではないか? と考えていたからです。だって困るでしょ、どんなに努力しても生まれが違うので絶対無理ですって言われたら。
しかしここに来て、「進撃の巨人」では血統もまた自分の世界をふさぐ(ように見える)壁のひとつとして扱うことに意義があるのだと感じます。
今は話を進めましょう。
ヒストリアの半生を復習
現在の結晶洞。最初から自分は利用されていただけと悟り、逆恨みでレイスに銃を突きつけるケニー。彼は芝居がかった口調でヒストリアの出生を憐れみますが、ヒストリアは決然とケニーに向き合い、エレンを補食して巨人の力と正史の継承者になることを宣言。叫びの力をもって巨人を駆逐することが自分の使命だと述べます。
通して読み返すとやはり誘拐されてからのヒストリアの急変ぶりにやや違和感。まともに話した記憶もない中年オヤジに「私がお前のパパだよ」と言われ抱きしめられて、思春期の娘がいきなり懐いてここまで感化されるものでしょうか? 「心理学的に見るとヒストリアは依存する対象を求めているから~」とか「レゾンデートルを確認し自己陶酔した悲劇のヒロイン症候群で~」とか、もっともらしい事はいくらでも言えそうですが、まあ普通の感覚じゃないよねというのが素直な感想。おいおい、お前つい数日前まで何も知らなかったくせに何ひとりで盛り上がっちゃってんの? 勢いでエレン殺すの? みたいなツッコミは仕方のないところ。
ケニーも同じ印象を持ったらしく、お前マジかよ、といったノリでヒストリアの不遇な過去を丁寧に確認してくれます。これまで不明瞭だった疑問を明るく照らすケニー・アッカーマン教官の答え合わせの時間。筆者的には大変ありがたい。箇条書きします。
- ヒストリアはレイスと屋敷の使用人の間にできた不義の子
- ヒストリアは領民や議会から不名誉な存在として疎んじられていた
- グリシャの襲撃により子が皆殺しにされたレイスはヒストリアに慌てて接触
- ケニー率いる中央憲兵は議会からの命でヒストリアと母を暗殺しようとした
- レイスはヒストリアを兵団に送ることで助命し、ウォール教に身の回りを監視させ守った
- フリーダが殺され巨人の力を強奪された事実が知れるとレイス家の求心力が衰えると考え、その事実を公表しなかった
- レイスは自分が巨人になることを恐れ、責任を子になすりつけた保身しか考えていない男である
な? お前がその身勝手なオッサンに義理立てする必要なんかねえじゃん、といった所でしょうか。これらの中でレイスが否定したのは最後の一文のみ。自分が巨人化できないのは理由があるとだけ。ケニーに短剣を口の中へ突っ込まれ、切っ先で命をもてあそばれている今それを言って欲しいのですが…引っ張りやがるw
あ~あやれやれ興ざめだと言わんばかりの顔でレイスを解放したケニーに、平和になった世界で長生きしろと無冠の王は告げます。その瞬間、ケニーをつなぎ止めていた何かが明確に終わり、空気が変わりました。胸中いかばかりか、彼はレイスとヒストリアに背を向けエレンへ歩み寄り、彼の戒めを解く。
退屈な平和の訪れに絶望し、「それじゃつまらない」と不服なケニーが最後に試みたのは、エレンとヒストリアの巨人大決戦。ヒストリアが勝てば王家に巨人の力が戻りこの世は平穏、こともなし。エレンが勝てば壁内は混迷が続く。さあどっちだろうねと、もはや他人事になった「座標」争奪戦を煽り傍観する構え。
「寿命が尽きるまで息してろって? それが生きてると言えるのか?」
ケニーの口を借りて諫山節が炸裂。「進撃の巨人」に一貫して流れるメッセージ。それは「戦え!」に代表されるように、自分の生きる道を自分で決めて進めということ。管理される平和・家畜の安寧なんてまっぴらなんだよ、という唾棄です。第一話の冒頭で幼いエレンがすでに「家畜でも平気でいられる人間の方がよっぽどマヌケに見えるね!」と母カルラにうそぶいていることからもそれが分かります。漫画作品で作者が表現したいことは第一話に全て描かれていると言われていますが、筆者はこのメッセージこそ作品のテーマであり帰結だと考えています。
エレンVSヒストリア 巨人大決戦…?
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さて久しぶりに解放されたエレン。これでいつでも巨人化できます。レイスは鬼気迫る顔でヒストリアに注射器を渡し巨人化を促すのですが、ここで面白いことを言います。
「安心しろ この注射なら強力な巨人になれる 最も戦いに向いた巨人を選んだ」
巨人には用途に応じた様々な種類があり、そしてストックがまだ他にも十分あるような口ぶり。これは登場人物全員が巨人化する日もそう遠くないかもしれません。僕らの女神ヒストリアが戦闘向きのゴリマッチョ巨人になってしまうのは些か残念ですが…。
エレンの脊髄液を自分の体内に取り込めば条件は満たせる、急げヒストリア! 急かすレイスに応え、注射器を自らの腕に近づけるヒストリアですが…エレンは身じろぎすらせず、洞窟内は変わらぬ静謐を保っています。
なぜ巨人化して抵抗しないのか? そのまま座していれば死ぬだけなのに。ヒストリアの問いに応えるエレンは涙を流していました。
先刻、ヒストリアが自ら王として叫びの力を継承し全ての巨人を駆逐すると誓った時、エレンは知ったのです。自分の存在なんてはなから必要なかったということを。グリシャが何のためにレイス家を襲い座標を強奪したのか分からない今の状況では、彼が行ったことはただの強盗殺人。王家に力が不在となることで巨人の侵攻を許し、それから5年の間に数えきれない人命が失われた。
シガンシナが巨人に襲われた後、グリシャが何もせずフリーダが叫びの力を継いだなら、すぐさま彼女がその力で巨人を調伏できたはず(※)。
※疑問としては、巨人の力は同じ純血の民にしか効かないはず。鎧や超大型はどこか別の世界(彼らが故郷と呼ぶ場所)から来た外来種と思われるのですが、彼らに対しても叫びは有効なのでしょうか? 所在は違えどルーツは同じなのか? 結局何も解明されないのがこの作品の構成の妙です。
エレンは自分と父親の存在がどれだけの犠牲を生んだか思い巡り、自らの「駆逐してやる」という決意や訓練の日々、これまでの半生そのものが本来この世界には必要のない、余計な遠回りであったことを嘆き落涙します。全ては無駄で、自分と父親がいなければこの世界は平和だった。己が無知であったことも含めてその罪は償いきれないが、せめて同志であったヒストリアに全てを終わらせて欲しいと懇願。抵抗せず彼女に委ねる意思です。
ヒストリアもまた歓迎されない不義の子として疎まれ、世界に必要のない存在であった幼少の日を思い出してもらい泣き。先日エレンと語り合った束の間の安らぎに感謝を述べると、意を決して注射針を自らに刺し…。
結晶洞窟の中でケニーの部下たちと交戦しているリヴァイ班は、巨人化現象の証拠である閃光を目撃します。そして天井を突き破らんばかりの勢いで出現した新たな巨人。生きる意味を失ったエレン、使命に突き動かされるヒストリア。平和を望まないケニーと、事の顛末を知らないリヴァイ班および憲兵たち。そしてまだ話していないことがあるというレイス。混迷の度を増す教会地下突入編、次回へつづく!
余談
レイスの言うことが真実なら、グリシャはなぜフリーダへの力の継承を妨害したのか? 彼が政府転覆を目論むテロリストであったとは思えず、さりとてライナーたち外部勢力の尖兵でもない。放っておけば巨人は調伏され記憶操作で世界は平穏を取り戻すのに、それをさせたくない理由が彼にはあった。そして自分がその力を行使せずわざわざ未熟なエレンに移植した。その理由を明らかにすることで、エレンが崩れた自尊心を取り戻し再び立ち上がる原動力になるのか? ひとつの事実が明らかになる度にまた新たな謎が増える。こうして筆者はまた今日も全巻読み直しの旅に出るのでした…。
ヒストリアとその母がなぜ疎まれていたのか謎だったのですが、君主制で文明程度が低い割には倫理観が現代に近く、妾の子は不義密通の証として白眼視されていたようです。作中世界では「王族は血を絶やさないためにたくさん妻を持ってどんどん子を作りましょうね~」という中世的な価値観だと筆者が思い込んでいたため、まさか王の火遊びが不倫として世間に責められるような背景があるとは考えていませんでした。そしてフリーダたちがグリシャに殺害されたことをレイスが黙っていたため、それを知らない議会の手によってヒストリアが粛清され血統が途絶えるところだった、これがあの夜の暗殺事件の真実というわけです。
個人的な話題ですが、ここ最近は別冊少年マガジンをKindle版で買っています。
当初はタブレットやKindle端末だと小さくてコミックは読みにくいなあと思っていたのですが、今はインストール不要のブラウザアプリ、KindleクラウドリーダーがリリースされてPCの大きなモニタでも読めるようになっています(現時点ではコミックや雑誌のみ対応)。なのでKindle端末を持っていない方でもPCで閲覧が可能。ご存知でしたか?
もちろんスマホやタブレットなら元からKindleアプリがあるのでそれで読めますけど、かなり字が小さい…。
別冊少年マガジンは紙だと大体900ページ位あって重さは1kg以上、角で殴ったら人も殺せそうな質量があり持ち運びがとても大変。本棚を占有するし捨てるのも一苦労だったのですが、Kindleにしておけばそういった心配はありません。
またなぜかうちの最寄りのコンビニは別冊少年マガジンを置いていないので、少し歩いて別のコンビニに行かねばならず不便でした。Kindle版なら発売日の朝には自宅にいながら買えますので、特にこの寒い時期に外に出るのが億劫でも問題ありません。どんどんダメ人間になっていく。発売日の未明には配信されているのでしょうが、うっかり買ってしまうと全部読んでしまい確実に朝起きられなくなりますので自重しています。
筆者は月に30冊くらい新刊コミックスを買うため、すぐ本棚がいっぱいになるので毎月ネットオフの宅配買取を頼んでいてこれがまた手間でした。最近はもっぱら電子書籍にしていますので整理の時間も減ってよかったと思っています。思い入れがあってモノとしてコレクションしたい作品と、電子書籍になっていないものだけ紙で購入。あとは特典付き限定版とかですね。
講談社は先日すべてのコミック誌を電子化すると発表し、特設サイトも公開しています。
あと何年かしたらこれがスタンダードになっていくんでしょうね。