その歩みを「地ならし」と呼ばしむる大型巨人の群れは、すでにパラディ島を離れ大陸のいずこかを目指して海中へ姿を消した。
ある者は友を止めるため、ある者は故郷を守るため、ある者は政治的な思惑から、それぞれがエレンと地ならしを止めようとする者たちが敵味方を超えて集う。
彼らはこれまでの諍いを水に流して手を取りあい、世界人類の消滅を食い止めることができるのか──。
進撃の巨人 第127話 終末の夜
別冊少年マガジン 2020年4月号(3月9日発売)掲載
前夜
今回は次なる作戦へ向けての会議が中心です。
ハンジはマガト&ピークと休戦し、共にエレンを制止するための方策を探ろうとしています。手駒として104期を引き入れたいハンジは、イェーガー派に追われる身でありながら単身で街へ潜入。ジャンやミカサと渡りをつけ、自分の考えを説きました。前回の派手な脱出劇の前夜ですね。
ハンジの話をかいつまんで聞くとこうです。「虐殺は嫌なのでエレンを止めたい。地ならしをマーレ兵が目撃した以上、今後しばらくはパラディ島にはちょっかい出せないだろう。」今はとにかく時間を稼ぎ、武力外交で決着を図りたいというわけですね。
道半ばで倒れた調査兵団たちの英霊に誓って、自分だけが助かればいいなどという身勝手は許されないと主張するハンジ。ジャンもまた、マルコの眼差しが己に向けられていることを思い出します。憧れた内地での優雅な暮らしがすぐそこに待っているのに…と逡巡するジャンですが、このまま背を向けて夢を叶えたところで、彼らの眼差しがある限りは寝ても覚めても苦悩し続けることは想像に難くありません。
危険で損な役回りであっても、故人に恥じない生き方を選ぶと決めたジャン。俺はまだ調査兵団ですと、心の在り処をハンジヘ告げるのでした。エレンよりよほど主人公っぽい。
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焚き火を囲んで
そうして前回の脱出作戦が決行され、地ならし阻止に挑む有志が結集しました。
森の中で火をおこしシチューを作るハンジ。それを囲む面々は
マガト、ピーク、ガビ、ファルコ、ライナー、アニ
ジャン、アルミン、ミカサ、コニー、リヴァイ(重傷)
イェレナ、オニャンコポン
敵味方を超えて利害が一致し、ひとつの目標に向けて共闘できると思われる者たちですが、これまでの血みどろの成り行きを思えば当然に、軋轢はあります。
ひとつはエレンを説得できなかった場合の次善策。
アニは殺害を主張しますが、ミカサは到底それを受け入れられず一触即発。104期女子、対人格闘の頂上決戦が再び!?と思われましたがここはアニが譲歩。説得が失敗するまでは争う必要はないと結論を保留しました。マーレ側は、エレン説得の可能性は低く、パラディ側をエレンもろとも皆殺しにするのもやむなしと考えているでしょう。ハンジやオニャンコポンも消極的ながら最終的には殺害容認派かと思います。逆に抵抗するのはミカサ、アルミン。ファルコあたりも意外とエレンを擁護しそう。ジャンとコニーはエレン寄りではあっても土壇場では分からん。この爆弾を抱えたまま先送りすることで、いずれ大やけどを負う者が必ず出てしまいます…。
もうひとつの火種はイェレナの存在です。
彼女は神と信奉するジークをエレンに奪われ、安楽死計画が破綻したことで生きる希望を失っています。マガトが彼女を拉致させた理由は始祖の進路を聞き出すため。エレンとイェレナは密通してレベリオ襲撃や安楽死計画を相談していたはずなので、エレンがマーレへ上陸して向かう先についても見当がつくのではないか、という割と薄弱な根拠でした。イェレナは協力を拒否しますが、それに疑問を抱いたのはコニー。イェレナはもともとマーレに侵略された祖国復興のために戦っていたはずなのに、地ならしで故郷が消滅してもいいのか?と尋ねます。沈思して答えないイェレナ。
代わってその疑問に答えたのはマガトとピークで、イェレナの身辺調査の結果驚くべきことが分かりました。彼女は平凡なマーレ人家庭で生まれ育ち、侵略された祖国はただの作り話だというのです。
イェレナはマーレの平凡な生活に飽いて失望し、ジークと出会ったことで自分が世界を救う物語の一片を担える可能性を望んで、変身願望から自分の背景をヒロイックな嘘で塗り固めていたに過ぎませんでした。ゆえに本心では故郷などどうでもいいとのこと。この設定は必然性が感じられず、話の都合で後付されたくさいなと思いますが…w
やべーこいつ頭おかしいのか?と周囲から向けられる視線にイェレナはフッと含み笑いを返し、開き直って長々と持論をぶちはじめます。こいつのメンタルやべえな。僕ならこんな黒歴史を皆の前でつまびらかにされたら恥ずかしくて謝ることしかできなさそう。「オレ…強盗に家族を殺されててさ…両親の墓前で…犯人は必ずこの手で追い詰めると誓った…それがオレの…生きる意味…」とか盛り盛りで何年もぶっこいてたのに、「え?お前のカーチャン元気で生きてるじゃん、何いってんの?」ってバラされたわけですからね。この先ずっと思い出しては「ああ~殺して~!この記憶を消せないならいっそ殺して~!」ってジタバタするやつですよ。
まあそれはともかく、「お前らみんな自分の都合で散々好き勝手に人殺してんじゃん!今さら私の勝手を責める権利ないよね!」みたいなのをめっちゃ早口で3ページくらいまくしたて、目の前に座る者たちが互いに殺し合った記憶をほじくり返すイェレナ。幸いなことに僕は親しい人を理不尽に殺害されたり故郷を踏みにじられたりした経験がないので、目の前に仇がいてその仇と手を取り合わねばならない…という状況での気持ちはよく分かりません。親しい人が殺されたけれど、戦争中であれば個人の意思とは関係なく、悪いのは国であり戦争である、だから目の前のこいつを憎んでも仕方ない…と割り切れるものなのでしょうか? 従軍し敵兵を撃った経験のあった僕の祖父が、亡くなるまでずっとアメリカは憎い、あいつらは人間じゃないと吐き捨てていたのを思い出します。
この場にエレンがいたらどう言うのでしょうね。特にアニは旧リヴァイ班をその手で皆殺しにした最大級の仇です。カルラもハンネスもライナーたちが起こした作戦の被害者。黙って座視できるとは思えませんが…。
殺された犠牲者の顔をおのおのが思い出し、場に不穏な緊張が漂ったかに見えた時、ジャンが気の利くフォローを見せました。大げさにシチューの器を飲み干し、おかわりを要求。皮肉交じりにイェレナに礼を述べ、矛先をまたイェレナへ返すことで「仲間」の緊張を和らげようとします。ジャン、君はすっかり大人だね。
しかしイェレナはここで無駄な記憶力を発揮し、ジャンもマルコを殺されてるだろ?そこにいるアニがなんか知ってんじゃないの~と煽る。アニとライナーは隠しても無駄と悟り、事の顛末を詳細に告白。マルコの死は77話で真相が描かれていますので忘れてる人はそちらを。
マルコは最期に「俺達はまだ話し合ってない」と言った。そう聞いて、ジャンはすがるようにその言葉を繰り返します。話し合っていれば殺し合いをする必要はなかったんじゃないか…。ハンジも二の句を継ぎ、今からでも遅くない、話し合って解決策を探ろうと綺麗に場をまとめにかかりました。
楽になりたいのか懺悔を続けるライナーに、一度は赦す態度を見せたジャン。しかしページをめくると大ゴマで猛然とライナーへ掴みかかり、んんんんー!!!と歯を食いしばりながら全力で顔面にベアナックル。ライナーの顔の形が分からなくなるまで1ページ半ほどかけてボッコボコにし、羽交い締めされてからもトドメとばかりに前蹴りを叩き込む。そのライナーを庇ったのはガビで、ジャンのつま先が彼女の脇腹にドコッとヒット。これにはさすがのジャンも青ざめてクールダウンします。ガビはここがチャンスと弱々しく自分の無知ゆえの愚かさを語り、レベリオの消滅を止めるために力を貸してくださいと土下座。ジャンの罪悪感につけこむ見事な戦術です。
息も絶え絶えのガビの哀願は功を奏し、ジャンはバツの悪そうな顔で木立の奥へ消え、イェレナの話はそれで有耶無耶になりました。マガトは泣き崩れるガビを撫でようと手を伸ばしますが、何かを思って腕を下ろします。やや拡大解釈ですが、この子はもう戦士としての道を歩ませるのではなく、普通の子供として幸せになって欲しい。血塗られた戦士の歴史は自分たちの代で終えよう…といった決別のようにも見えました。もしくはファルコに寄り添われる姿を見て、オレのなぐさめポジションが…オレのガビたんが遠くへ行ってしまう…とショックを受けたようにアテレコもできそう。
港へ
翌朝。
ライナーは顔面が陥没して常人なら死んでるようなケガでしたが一晩で綺麗に完治。ジャンに叩き起こされます。ジャンはあれから木陰でひとり後悔に身悶えしていました。両手で頭を抱えて幼稚な暴力を悔いるジャン。しかし吐いた唾は呑めず、ライナーには謝らない、許さないと宣言。でもガビにはちゃんと謝りました。偉い。忘れられたアニが「私は?」とつぶやいているのが妙にツボです。
マルコ殺害の実行犯であるアニにはそれほど関心を向けていないことから見て、ジャンの怒りのスイッチはそこじゃないのでしょうね。うだうだ懺悔して、こんなに良心を苛んでるんだから僕ちんを哀れんでよ~と言わんばかりのライナーの態度が気に食わなかったのでしょうか。謝るな、謝るくらいなら最初からやるな、やったからにはこれからの行動で償え。カイジで兵藤会長も言ってましたけど、謝ってるんだから許すのが当然、許さない方が人でなし、みたいな圧力ってありますよね。実際は謝ってるほうが加害者なのに。
結局、イェレナは黙秘してエレンの行き先についてはノープランのまま、港方面へ馬車で追撃する一行。偵察に出た車力によれば、港は機関車で先回りしたイェーガー派によって監視されており、武装した兵士が大勢いるようです。喋らないならイェレナを連れてくる価値はないのですが、この後まだ彼女には見せ場があるんでしょうね。オニャンコポンを庇って死ぬとかかな~。
エレン追撃の足として飛行艇を手配していたキヨミが人質に取られ、その後ろで銃を構えてポーズを取るフロック。彼の目が座った表情を見ると笑いが堪えられません。一体どこに行こうとしてるの君は。もはやフロックに向けられる関心はどれだけ笑える最期を遂げるかの一点のみとなってしまいました。
この様相だと人間同士の戦いは避けられません。キヨミと飛行艇がなければアルミンが消し飛ばすなりすれば一瞬で終わりでしょうけど、救出対象の人間や機械があれば大雑把な巨人を投入するわけにもいかず、せいぜい車力や顎の機動力を使うくらいでしょうか。陽動として敵を引きつけるなら鎧や女型も使えますが、今は硬質化が使えないことに加え雷槍のおかげで巨人の防御信頼性は無に等しく、囲まれて一斉爆破されたら非常に危険。となると…あのゴリラを解き放つ時が来た。フロックとケリをつけるのはジャンの役どころだと思われますが、暴れて敵集団をなぎ倒すのはミカサが適任かと。
ところでエレンたちは海底をゾロゾロと行進してるんですかね? 外海の海底を歩いてとなると海溝に落ちてそのまま戻ってこれなくなったりとか、水圧でぺっちゃんこになって推進力を維持できなくなったりしそうです。それとも平泳ぎでスイ~っと進んでいるのか。それだと海流に押し流されてまっすぐ目的地へ上陸するのは難しいかも。上陸したら全然マーレと関係ない国で、進撃の巨人・遭難編が開幕しないことを祈ります。
つづく